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最果ての森のハーフコボルト  作者: よよまる
侍女のメリッサ
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3-1.二つ名

3章です。登場人物が多くなって書いてる自分が混乱してきました。

 傭兵の一団は国から受けた依頼を遂行するため、大陸の端に存在する巨大な森へと訪れていた。

 立地の問題とその広すぎる面積から戦後になるまで保留にされていた未開拓の森だ。

 今回、6名の傭兵たちが受注したクエストはミノタウロスの討伐だ。この森で確認されている魔物で一番やっかいなのがミノタウロスとされていた。

 傭兵達にしてみれば実りの大きいクエストだった。ミノタウロスは個体での戦闘力は対処法を誤らなければ脅威とまでは行かないからだ。


「4体。かなり狩れたな」


 討伐系のクエストは対象の魔物を討伐できた証明として決められた部位を提出する義務がある。

 ミノタウロスは尻尾だ。一番目を引く角は雌には存在しないため、雌雄共に持ち合わせた特徴として尻尾が持ち帰られる。

 尻尾を4本振り回しながら傭兵の一人が上機嫌に笑った。


「がーっははは! 6人いれば牛野郎も怖くねーわな」

「報酬が普通のクエストより払いがいいからな、開拓様々だぜ!」


 現在、国からギルド経由でたくさんのクエストが入っている。

 戦争が終結して数年たち、疲労していた国が本格的に資源を求めて開拓をするため方々に様々な手を回していた。

 世間では失業率の増加、食料・住居問題などが悩みのタネとなっており、国民は森の開拓に期待をしている。

 今回の彼らのクエストもその開拓の一環だ。


「油断するなよ」

「わーってるよリーダー!」


 彼らはプロフェッショナルだ。無駄話をしても周囲の警戒は怠らず、陣形に乱れもない。

 騎士が訓練によって研鑽を積むのに対し、彼ら傭兵または冒険者は経験により腕を磨く。

 長年傭兵として生計を立てている彼ら6人は都でも名が知られほどの屈指の実力者であった。


「ノルマまであと1匹、休憩はその後だ」


 先頭を歩くリーダーと呼ばれた男が口を開いた。この男は傭兵の一行を取り仕切る「重鉄のグロル」。

 重厚な鎧に全身を包み、巨大な大剣を抜き身の状態で背負っていた。装備の総重量は体重を遥かに凌駕する。しかし、確かな足取りで辛い森の中を難なく進む。

 グロルの言葉に他の5人は無言で了承し、再び気を引き締めた。


「見つけました」


 歩くこと数分、殿を勤めていた傭兵が手に持つ杖で前方を示した。

 その男の鎧は他の者より軽装になっており唯一素顔が見える。整った顔に彼の故郷に伝わる模様が入れ墨として施されている。

 彼は「千里のトパリアス」。6人の傭兵ではリーダーのグロル以外で唯一「二つ名」を持つ男だ。

 二つ名とは特殊な能力を持っていたり、多くの功績を積んだ、など実力を評価された者が得られる「称号」だ。

 「千里」の称号を持つトパリアスは少数部族の出身で伝統の儀式によって精霊と契約したことにより広範囲の索敵能力を得て、その能力が二つ名となったのだ。


「この先にミノタウロスが単体でいます。このまま進めば30分で遭遇します」

「よし、行くぞ」


 グロルの号令で6人は一切乱れない隊列を維持し、標的へ向かい歩を進めた。



 傭兵パーティのいる地点から東に行ったところに断層となり地層がむき出しになった高い崖があった。

 そこは「千里」の称号を持つトパリアスが索敵できる範囲よりもずっと遠い場所だ。

 人気のない崖の上で女が背筋を伸ばし両手を体の前に重ね行儀よく立っていた。


「目標が移動しました」


 彼女は深緑色の丈の長いワンピースにエプロンをかけ、メイドと呼ばれる貴人の身の回りを世話する女性職の格好をしている。

 何枚もの鏡が宙に浮き、メイドの周りで踊る。鏡には6人の傭兵たちの姿やその先に佇むミノタウロスなど森の各所が映る。

 鏡の1枚が彼女の眼前へと迫る。そこには年老いた男性が映し出され、鏡からは声が響く。


「引き続き監視しておけ」


 耳に引っかかりそうなしわがれた声で老人はメイドに命令した。


「承知いたしました」


 恭しく頭を下げ、淡々とした声色でメイドは言った。



 グロル一行はミノタウロスを発見し、そしてミノタウロスはグロルたちには気づいていなかった。

 対象に気づかれることなく先に攻撃の機会を得る。狩りを行う上での最大のアドバンテージだ。

 リーダーであるグロルが指示をする必要もなくメンバーは全員次の行動に備える。


「アタックだ!」


 グロルの号令とともに2人の傭兵が飛び出した。

 二人とも攻撃力重視の両手剣と戦斧をそれぞれ持ったアタッカー職だ。


「『オーバーパワー』!」

「『スラッシュ・インパクト』!」


 同時に放たれた魔力の斬撃がミノタウロスに直撃する。

 突然の奇襲にミノタウロスは反応することができずに致命傷を負い苦悶の声をあげる。


「ごぉぉぉお!?」


 右腕が千切れ、内臓まで達する傷から血が流れ落ちる。

 止めどなく流れる血は色濃く黒に近い色合いだった。

 周囲にみ満ちる血の匂い、光を失っていく瞳がミノタウロスが十分な生命機能を維持できないのを物語っていた。


『おぁぁぁぁぁぁ…………』


 声なのか息なのかわからない音を喉から絞り出すとミノタウロスは頭から倒れ動かなくなった。

 駄目押しとばかりに太い首筋に戦斧が突き刺さり絶命しているのを確認し、ようやく傭兵たちは息をついた。


「なんでぇ、一発かよ」

「最後の獲物で本日一番の技が炸裂しちまったぜ」


 他の傭兵たちも構えを解き先陣を切った二人の元へと近づいていく。


「上々だな」

「えー、リーダー今のは完璧だったでしょうよ?」

「二人掛かりでやるようじゃまだまだってことだ」

「そりゃミノタウロスのタイマン張れるのリーダーくらいなもんじゃねーか」


 笑いが起こった。

 死と隣り合わせの戦いを終え彼らは一頻りに戦果を喜ぶ。まさに命を賭して取り組んでいる彼らだから分かち合える喜びだった。


「っ! 警戒!」


 グロルの声で全員が臨戦態勢に入った。

 弛緩していた空気が戦場のものへと一瞬で切り替わる。

 全員が何が起きているか正確に理解しているわけでなかった。しかし、傭兵たちはグロルの指示に従った。それが一番的確な行動だと理解していたからだ。


「……なんだありゃ?」


 彼らの傍に横たわるミノタウロスから濁ったドブのように禍々しい魔力が溢れ、形を帯びていく。


『ごぉお……』


 ゆっくりと怨嗟の声を漏らしながらミノタウロスは立ち上がった。

 骨や内臓が見えるほどの深い傷、左右別々の方向を見ている瞳、体内の血液をほぼ失い血色が悪い肌、物語に出てくるような亡者となってミノタウロスは蘇った。

 失った右腕の代わりに黒い魔力で腕を形作り、より一層化け物として進化して。


「どーなっているかは後だ。もう一度殺すぞ! アタックだ!」

「「おう!」」


 両手剣と戦斧を持つ傭兵が踏み出し、左右から同時に攻撃を仕掛けようとした。


『ガアァァァああああああ!』


 ミノタウロスが魔力で生成した右腕を横薙ぎに振るった。

 それも熟練の傭兵たちが誰も視認できないほどの速度で軽々と異形の腕は二人の傭兵を食らう。

 右側にいた両手剣を持つ傭兵は胴体が千切れ、内臓を撒き散らしながら痛みを感じることも自分が死んだと理解する前に絶命した。

 だが、左側にいた戦斧を持つ傭兵は「運悪く」生き延びてしまった。全身から血を吹き出し、肉と骨がミックスされた状態で地面に転がる。


「な!?」


 一瞬で仲間二人がやられ、傭兵たちに動揺と緊張が走る。

 明らかに先ほどまでのミノタウロスと違う。

 油断はしていない。どのような事態でも対応する心構えで挑んだ。しかし、現実は残酷なまでに単純だった。ミノタウロスは彼らが想定する以上に強いという話なのだ。


「全員撤退! ナーヴ、トパリアスはこの場を最優先で離れろ! ゴルドビは俺の援護をしながら後退!」

「「「了解!」」」


 鉄の塊のような大剣を構えグロルは正面の敵を見据え、動く。同じタイミングでミノタウロスも踏み出した。


「トパ、前方には何もいないか!?」

「はい、何……も…………」

「どうした?」

「あ、あれ……」


 トパリアスは前方を指さす。肉眼でもギリギリ見れる距離に氷の壁が立ちふさがっていた。

 壁はどこまでも横に伸び、彼らの行く手を遮る。


「な、なんだ、これは!?」

「落ち着けトパ!」


 わなわなと震え、トパリアスは氷の壁に触れる。

 表面には霜が張っており、彼が触れると体温で溶けて水滴となり手を濡らす。分厚い氷の壁はビクともしない。

 

「わ、私の『千里』では、こ、こんな壁、み、見え」


 すると透き通る氷の向こう側に人影が見えた。

 深緑のワンピースに身を包み、白い前掛けをした森には不釣り合いなほど身綺麗なメイドだった。


「……な!?」


 メイドは笑みを浮かべていた。背筋に悪寒が走るほど氷のように冷たい笑顔だった。

 彼女はトパリアスを指さしたが、彼にはその意図が理解できなかった。


「うわああ!?」


 一緒に走ってきたナーヴの声が後ろから聞こえ、振り返った。

 そして、その時メイドの意図がわかる。右腕が異形になったミノタウロスがすぐそこまで迫る。

 体には新たに傷が増え、分厚い大剣が深々と腹に突き刺さっている。

 動くのが不思議なほど、損傷を負っているにも関わらずミノタウロスは確かな足取りで進む。


「り、リーダーが……」

「た、助けてくれ! おい、あんた! 助けてくれ!!」


 ナーヴが氷の壁を叩き、メイドに叫ぶ。しかし、メイドは嬉しそうに笑いながら傭兵たちを見ているだけだった。

 足音が背後まで来た。


「あ、あ、あ、あ、あ……」


 絶望が形を成して彼らを見下ろしていた。


「や、やめ」


 それが彼らの最期の言葉となった。二人の傭兵はミノタウロスの右腕と氷の壁の間に挟まれ、血と肉片で壁を汚れた。


「いひひひひ」


 メイドはその光景に声を出して笑う。錆びたゼンマイのような歪な笑い声だった。

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