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最果ての森のハーフコボルト  作者: よよまる
生贄のアネモネ
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2-幕間.ピクニック

 天気が良いので少し遠くまで散歩に行こう、とロゥが提案した。

 ロゥとアネモネは二人で普段の生活圏からは離れた地に赴く。

 そこは二つの支流が合流し大きな川になる場所。川辺の周りは砂利が敷き詰められ、木々がないので開けた川辺だった。


「うわ、すごい。この前の川より広ーい!」


 大きな水面は太陽の光が当たりゆらゆらと穏やかな雰囲気を作り出し、アネモネは感嘆の声を響かせた。

 手頃な大きさの石を椅子にして二人は靴を脱いで川に足をつける。


「冷たくて気持ちいいね」


 アネモネが足をパタパタと動かし飛沫が舞う。白い足についた水滴が肌から離れ、再び川に戻り水音を立てる。

 森の中にいるときとは一転し、開放的な川辺で彼らは羽を伸ばし、ピクニックを満喫している。

 ひとしきり遊び終わると昼食にすることにした。


「アネモネー! 見てて見てて!」


 川の水面をロゥの魔力で覆った腕で盛大に叩いた。水面に触れる面積をできる限り大きくし、水柱が盛大に上がる。

 少し離れていたアネモネの方にも川の水は雨の様に降り注ぎ、同時に数匹の川魚も一緒に空から落ちてきた。


「ロゥくん、すごいすごーい!」


 あっという間に昼食の材料を調達し、たき火を熾して川魚を焼いた。

 家から持ってきた塩で簡単な味付けを施すだけだったが、獲れたての新鮮な魚はたったそれだけでも大変おいしかった。


「ん?」


 食後、日向ぼっこをしながら眠気に襲われているとロゥの耳に川以外の音が届いた。

 それはとても弱々しく、今にも消えてしまいそうな鳴き声だった。


「どうしたの?」


 アネモネがロゥの様子に気がつき首をかしげる。


「どこかで小鳥が鳴いてる」


 キョロキョロと辺りを見渡すが姿が見当たらない。

 悲鳴にも似た小鳥の声は今にも消えそうなほど儚く小さい。必死に探すが川のせせらぎが響き位置まではわからなかった。


「ロゥくん、手分けして探そうよ」


 彼女の助けを借りロゥは砂利場、アネモネは少し離れた茂みを探すことにした。

 時が経つにつれて鳴き声が小さくなっていく。もうほとんど聞こえなくなった時にアネモネが声を上げた。


「あ、いたよ。ロゥくん!」


 駆け寄ると彼女の小さな手に納まるほどの小鳥が力なく空を仰いでいた。

 アネモネやロゥがのぞき込んでも反応なく、瞳から光が失われそうになっている。

 見れば羽が折れ、骨があらわになっている。その傷から出血し、小鳥の体を赤く色づけていた。


「もう死んじゃいそうだね」


 ロゥが悲しそうに耳を垂れた。指で小鳥の腹をなぞり、残りの命が少ないことを悟る。

 アネモネは視線を手の中の小鳥からロゥへと移す。

 森に住む、ということは糧を森から得ている。森の中には果物や魚、動物など人が捕食するものがたくさんあり、生きる上ではそれらの生物を殺めている。

 それは幼いロゥやアネモネも理解していた。

 しかし、弱い生き物は長生きはできない。食物連鎖という言葉を知らずとも、彼ら二人は自然の中で生きるルールは知っていた。

 生存するために食い食われる世界が存在することを森に住む人間ならば誰でも分かっていた。


「できれば助けてあげたかったな。僕らは生きるために色んな動物を殺しているけれど、必要がなければ殺したくないし」


 助けたい、というのがロゥの本音だった。

 彼女はそれを聞いて頷く。彼がそう思っていることはアネモネは分かっていた。

 そうでなければ彼に助けられることはなかったのだから。そういう彼のことが彼女は好きになったのだ。


「そっか。そうだよね、私も同じ気持ちかな」


 アネモネは魔力を手の中に込めると赤い魔力が集まり、小鳥の傷を瞬時に治癒し始めた。

 彼の望みを叶えるため、彼女は自分にできることをする。あの夜にそう決めた。

 その光景にロゥを驚き、ただ眺めることしかできなかった。


「元気になったよ」


 手の中で元気になった小鳥はロゥとアネモネの顔を交互に見つめた。

 折れていた羽は元の綺麗な状態となり、小鳥はぱたぱたと動かす。


「気を付けてね」


 彼女が手を頭より高くすると小鳥は自ら空へと羽ばたいていった。振り返ることなくまっすぐ飛び立ち、ロゥとアネモネは姿が見えなくなるまで見送る。


「アネモネすごいよ!」


 小鳥の姿が見えなくなると、ロゥは笑顔を浮かべてアネモネの手を握る。

 嬉しさのあまり、彼女の手を何度も揺らし抑えきれない喜びを体で表した。


「いまの魔法どこで覚えたの?」

「ふふ、ロゥくんがくれたお守りのおかげだよ」


 お守り、ロゥがアネモネに贈った黒い魔力の結晶だ。

 アネモネが故郷の村を出てくる前の日、ロゥからアネモネに友情の証として贈られたものだった。


「あのお守りが?」


 ロゥはいまいちピンと来ていない。自分が渡したものがどういう物なのかを正しく理解していなかったようだ。


「私はあのお守りの力で魔法が使えるようになったの」

「へえ、あのお守りってそんな力があったんだね」

「これはきっとロゥくんのための力だと思うの!」


 アネモネはロゥの手をとり吐息がかかりそうなほど顔を近づける。その顔には胸の内から溢れる気持ちが一切隠さずに現れていた。


「私はこの魔法でロゥくんに恩返しするの! 私を救ってくれたロゥくんのために」


 まっすぐな気持ちをぶつけられ、ロゥは照れくさそうに頰をかいた。


「えへへ、ほんと? ありがとう。でも、僕ってそんな大層なことしてないよ?」

「ううん、そんなことない。私はロゥくんに救われたもの!」


 照れるロゥをアネモネは愛おしそうに見つめる。

 彼女は彼のために尽くそう、とあの晩に決意した。

 どんな時でも、何者が立ちふさがっても、幾多の困難が待っていても、いつまでも。


「…………どんな手を使っても」

「え?」


 無意識に口に出ていた。耳の良いロゥはそれを微かに聞き取る。


「いいえ、何でもないの。さあ、片づけてお家にかえりましょう」


 少女の胸の内に秘めた意思はロゥが想像するよりもずっと固いものだった。

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