1-1.川で人を拾う
新連載です。
1つの章書きためてから投稿するので章ごとに時間が空くかもしれません。
人里から離れたとある森の中。
その森は人の手が入っておらず、自然のまま緑が生い茂っていた。
食料は豊富であり、実の生る木や小動物などが生息している。
一人の少年が慣れた様子で森の中を進んでいた。足場は植物が生い茂り、木の根がむき出しになっているような不安定な場所にも関わらず、彼の進む速度は普通に歩いているのと同じくらいのものだった。
「んー、今日はこっちへ行ってみようかな?」
慣れない者が見れば、見分けがつかないような森の中でも少年には見慣れた光景だった。散歩でもするかのように道なき道を進む。
そして、森は突然終わりを迎えた。
木々はなくなり、草花も姿を消した。その代わりに砂利や石が敷き詰められた地面に大きな幅の川が視界に広がる。
「あれ?」
今日は魚でもとろうかな、と少年が考えている時に川辺に横たわっている人影を見つけた。
その人物は白を基調とした鎧に身を包んだ、いわゆる騎士という風体だった。騎士は全身が川の水で濡れている。
どうにか川から這い上がり、体力を使い果たして倒れた様子だ。
人が滅多に訪れない森で鎧を着た人間を見かけたのは少年の人生で奇しくも2度目だった。
警戒心など一切持たず、興味本位で近づいていく。
「大丈夫ー?」
騎士は仰向けに倒れ、兜が外れていた。鎧の中身は金髪の髪にシャープな輪郭をしている美しい女性だった。
まだ幼い少年は綺麗な人だなー、と思いつつも騎士の女性が一向に目を覚まさないので再び呼びかけた。
「お姉さん、大丈夫?」
反応はなかった。しかし、肩がゆっくりと上下しているので生きていることはわかる。
この場にずっといると体温が失われる。それに加え、森の住人たちがちょっかいをかけてくるかもしれない、と考えた少年は騎士の女性を家まで運ぶことにした。
「しょーがないなー」
少年は騎士の女性へと手をかざす。
肩から手にかけて可視化できるほど濃い魔力が集まり、その魔力は大きな腕を形成していく。
少年の右腕が大人のそれよりも大きくなり、まだ膨張をやめない。ようやく変化が終わったのは腕が成熟した木の幹ほどの大きさになった時だった。
黒い半透明な色をした腕はもとの腕と同化しており、少年の肩口から不自然につながっている。
腕同様に手のひらや指先も大きくなり、先端は鋭利な獣の爪に酷似している。
まるで人を襲う魔物のような凶暴な外見だ。
「おおー、できた」
少年は満足げに自分の腕を眺めて笑った。そして、倒れている騎士の女性をその腕で持ち上げる。
黒い腕で触れた感覚は少年へ伝わり、鎧の質感、女性の重さが実際に感じられた。
「鎧って重いなぁ。この腕じゃなかったら運べないや」
右腕で騎士の女性を抱え、少年は今来た道を戻る。来たとき同様、普通に歩くように不自由な森の中を進んでいった。
☆
全身に痛みが走り、ロザリアは目を覚ました。
額に汗をかき、体中から悲鳴が上がる。
「ここは……」
彼女の見覚えのない場所だった。
木造の天井、壁、床、自分の横たわっているベッドでさえ木だ。
彼女の住んでいた王都で木造の建物は今時珍しい。
王都では貧困層の住まう居住区さえレンガを採用している。
木材のみで作られた建築物は都会育ちのロザリアには初めて見るものだった。
部屋を見渡していると自分の身に着けていた鎧が隅に置かれているのを見つけた。
「(どうやら私は気の良い人に助けられたらしい)」
戦争の影響により、民間人は貧困を余儀なくされた。
終戦したとはいえ、未だにスラム、ストリートチルドレン、違法奴隷、闇市などの問題を抱えている。
王都は国の要ということもあり治安は良いが、裏を返すと王都以外の治安は良くないのだ。
野宿をするときは奇襲に備えるため靴は履いたまま寝るし、信頼出来る宿以外で荷物を手放すのは盗難の恐れが付きまとう。
戦争によって疲弊した国は開発と復興、両方を行わなければ徐々に衰退してしまう。
その開発の一環としてロザリアは大陸最大の未開拓地であるこの森へと調査をすることになった。
「(最初に躓いてしまったが……)」
ロザリアは安堵し、痛む体を再びベッドへ預けた。
国がそんな不安定な状況にも関わらず、女性であり鎧という高価なものを身に着けた状態で人気のない場所で瀕死になったが助かり、荷物までもが無事というのは運が良い方だろう。それもとびきりの幸運だ。
彼女は普段から信仰している神に感謝をささげ、自分を介抱した人間にも恩義を感じた。
「あ、目が覚めた?」
入口の方で可愛らしい声が聞こえた。
声の主はまだ幼い少年だった。栗毛の髪は癖っ気のようでところどころはねている。やや垂れ気味の瞳と相まってどこか子犬を連想させる容姿だった。
「君が私を助けてくれたのか?」
「そうだよ」
少年の手に持っているお盆を差し出した。そこにはまだ湯気の上る料理が収まった皿が置かれている。
「お粥食べれる?」
「ああ、すまない。ケガの手当てまでしてもらっているのに……」
「大丈夫だよ」
そういいながら少年がはにかむと同時に耳がぴくぴくと動いた。
頭のてっぺんで。
「っ!?」
彼女の視線は少年の頭頂部に向けられている。
そこには癖っ毛に隠れてはいるが耳が生えている。犬の耳だ。
「じゅ、獣人か!」
獣人とはロザリアのような人間に獣の特徴を合わせ持つ人種のことだ。
犬、猫なら耳や尻尾、鳥ならば翼を有しており、身体能力や五感も人間より優れていた。
今回、ロザリアを介抱した少年は彼女の見立てでは犬の獣人。
犬の獣人はさまざまな種族が存在するがその中でも最大勢力がウェアウルフ族だ。他の種族はそこまで人口は多くなく、今では大陸各地でひっそりと村落を作り暮らしている。
その村落以外で犬の獣人と出会ったらほとんどがウェアウルフということになる。
そして、ウェアウルフ族はかの大戦でロザリアたち人間と対立していた種族の一つだった。
「(人里離れた森の中に犬型の獣人! 敵性勢力の残党か!)」
とっさにベッドから起き上がり、痛む体を無視して床に足をついた。
普段就寝している時には剣をベッドの横に置いている彼女はすぐにここが自宅ではないことを思いだし、剣の所在を目で追った。
残念なことに彼女の剣は少年が立っている扉のすぐ近くだ。もちろん少年の方が距離が近い。
怪我を負い、武器を持たない。ダメ押しにここは魔族の拠点である可能性が高い。少年以外にも仲間がいた場合はなすすべがないとロザリアは考え、結論を出した。
「くっ、殺せ!」
突然、様子が変わった彼女を見て少年は首を傾げた。
しかし、ロザリアは意に介さず彼を睨みつけている。
「私は口を割るつもりはないぞ! 騎士の誇り、我が家の名誉にかけて、どのような拷問も辱めも耐えてみせる!」
彼女は少年を見据えた。
少年もロザリアを見ている。
だが、少年は事態を飲み込めていないため、お互いの心境には大きな温度差が生まれていたがロザリアはそのことに気がついていない。
「…………」
「…………」
どのくらい時間が経ったであろうか。
ロザリアの額には緊張からか、一筋の汗が流れる。彼女は長い時間が経ったように感じているが、少年の持つ料理からは未だに湯気が上がっている。
そのため、彼女の体感とは裏腹にあまり時間は経っていない。
いつまでこの均衡が保たれるかわからず、彼女は全身に力が入りっぱなしだった。
「(こちらから先に動こうか?)」
彼女が一縷の望みにかけ、行動を起こそうかと思案した時に均衡が崩れた。
ぐううううううう。
腹が鳴った。
ロザリアの。
ロザリアの腹が鳴った。
「(…………死にたい)」
そう彼女は思った。早く殺してくれ、とさえ考えた。
「ごはん食べる?」
手に持っていたお盆を差し出す少年。
その上には怪我人のロザリアが食べやすいようにお粥が置かれていた。
「おいしいよ」
純粋無垢な笑顔がそこにはあった。
ロザリアは己の過ちに気がつき、居た堪れない気持ちで頷く。
「…………はい」