第7話 決死の決戦 part1
俺は音爆弾を大宮氷雨にめがけて投げつけた。
数秒後にはこの世の全ての音をかき集めたような音の暴力が襲い掛かるだろう。
俺はその時に備え、耳を塞いで地面に伏せた。
だがその時とやらは訪れることはなかった。
大宮氷雨が数十メートルはあろうかという距離を瞬間移動のようにひとっ跳びで間合いを詰め、導火線のみを斬ったからだ。
さらに勢いそのままにこちらへすっ飛んできた。
その出来事を理解するかしないかの刹那になにかに体を強引にひっぱられた。
「ぬぉっ!?」
俺の身体はその急激な変化に対応しきれずに横にすっ転んでしまった。
するとさっきまでいた自分の場所には鈍い光を放った刃物が超高速で通過していった。
もし俺があのまま突っ立ったまんまだったらと考えると身が縮みあがる。
そして気がついた。
さっきの体引っ張った"アレ"は美晴が危険を察知して俺に回避運動をさせたかったらしいと、
だが俺は無様に転んでしまい、回避というにはあまりにもお粗末な感じとなってしまった。
この兄の醜態をみかねた妹からお小言が飛んでくる。
『ちょっと~、もっと気を引き締めてよね~!!』
ーしょ、しょうがないだろう。まだ慣れてないんだから。
大宮氷雨はこの光景に不思議そうな顔で首を傾げた。
「よく分かりましたね。では、これは?」
そう言うと黒髪の少女は無機質な斬れる鉄の棒を滑らかにまるでなにかを踊っている生き物のように変幻自在に操りだした。
彼女が振るう一太刀ごとに空気が波打っているのがわかる。
これは一目で素人が対処できるようなものではないというのが分かった。
ーおいおい、こんなのどうやってかわすんだっ!?
『大丈夫。ワタシに任せて!』
ー大丈夫だと‥‥俺は大丈夫じゃねぇっっーー!!
次の瞬間、氷雨が地面を蹴り飛ばし、間合いを一気に詰め寄ってきた。
今度こそ確実に仕留めるため、襲いかかってくる。
ーぬおおっ!!無理無理!!死ぬって!!これ絶対死ぬって!!!‥‥‥‥アレ?
一瞬何が起きたのか理解出来なかった。
自分が斬られると思った瞬間、身体が勝手に動いた。
勝手に動いて、氷雨が放った一撃を刀で受け流した。
どうやらようやく共有に俺自身が慣れ始めたらしい。
美晴の格ゲースキルが共有という能力を介して俺に氷雨の一撃を凌がせた。
この事態に氷雨はほんの僅かだが動揺の色を浮かべた。
それもほんの一瞬だけですぐに切り替えてきた。
受け流された刀をするりと流れるように変化させ、正面から横から斜めから背後から縦横無尽に動き回りながら体を入れ換えつつ、実にバリエーション豊富に様々な角度から刃を飛ばしてきた。
だがその無数の刃も次から次へといなしてみせる。
初めは自分の認識の外側から飛んでくる刃に全く反応することができず、美晴にその対応を任せっきりにしていた。
しかし徐々に美晴の思考が頭の中に流れてきて、直に行動に移すことが出来るようになった。
いまはまるで美晴と俺のふたつの脳が俺の身体に直結しているかのような感じさえする。
見えなかった氷雨の太刀筋が、動きが見える。
これならイケる!!
ーよしっ、このままかわしつつ隙を見つけて攻撃に‥‥できない!?
まるで隙が見当たらない。
ひとつひとつの動きが洗練されていて、攻撃することが出来ない。
足運びや体さばきにしたって、効率や速度が違う。
戦闘の全体のクオリティーが俺とはまるで比べ物にならない。
この差が積み重なればもう‥‥。
美晴もそれが分かっているのだろう。かなりの焦りを感じる。
このままではヤバイ。
刀を振るうたび、腕や足が鉛のように重くなってきた。
筋肉が悲鳴をあげている。
ジンヒリなこちらとは対象的に向こうはまだ余裕がありそうだ。
それどころか段々と刃の回転スピードが上げてくる。
その時、スパッと刀が頬を掠めた。
この瞬間を境に、氷雨の連撃を捌ききれずに、頬、腕、足に切り傷がどんどんできてくる。
ークソッ、なんとかしないと‥‥アレッ!?
ガクンと、体が急激に重くなった。
一般人の体力の限界が訪れたらしい。
タイムアップだ。
この焦りがスキを作ってしまった。
そのスキを氷雨が見逃すはずがなかった。
その場で高速回転しながら、遠心力で威力を数倍に増した渾身の横切りを放ってきた。
ーヤベっ!!!動けねぇ!!
動けず、そのまま刀でガードすることしか出来なかった。
まともに受け止めてしまった手から肩までの骨は砕け散ったのではないかという激しい衝撃が突き抜けた。
思わず手から刀をこぼしてしまった。
ーぐおっ、ヤバイっ、斬られるっ!!
この危機にすかさず美晴は例の能力により、俺にしゃがませ刀ではなく、近くの石を拾い投げさせた。
氷雨は意表を突かれ、思わず刀でそれを弾いた。
その隙に回転しながら刀を拾い、ファイティングポーズをとることができた。
氷雨はすぐには追撃をしてこなかった。
様子を伺っているのか、構えたままこない。
氷雨の強力な一撃を受け止めた俺の腕はまだ痺れてどえらいことになっている。
それに加え体力はもう底を尽きかけているし、全身は傷だらけの満身創痍だ。
なにか手を打たなければ、敗北が目に見えている。
ーおい、次どうする?
『もう、にいちゃん限界だから、次でケリをつける。』
ーけりをつけるったって‥‥。
『誘い込んでさっきのヤバい攻撃を出させる。そしてそれをかわして終わらせる。これが最後だから、頑張ってね!おにいちゃん!!』
それって、ミスったら、オレ死んじゃうんじゃあ‥‥という考えが過ったが、振り払った。
どのみち、成功しなければ死んでしまうのだから今はこの作戦に集中しなければならない。
両者の沈黙を破ったのは勿論俺たちだ。
俺たちが最短最速の突きを繰り出すも、氷雨は意図も容易くかわしていく。
が、そんなのは想定内である。
問題はここからだ。
次に突進からの左右の連撃を繰り出した。
端からみれば破れかぶれの特攻にしかみえないだろう。
勝てない大人にがむしゃらに突っ込む子供のようなものだ。
だが、これでいい。
それから俺は疲れたふりをして、連撃の回転速度をワザと落とした。
そしてつばぜり合いとなった。
『兄ちゃん、競り負けてっ!!次、絶対来るっ!!』
ーうぐっ、なんで分かるんだぁ?
『女の勘よっ!!』
ーなんじゃそりゃ、えいっ!もうどうにでもなれぇぇ!!
俺はわざと押し負けた。
そしてその瞬間が訪れる
氷雨のあの一撃は強力だ。
速度も速いし、当たれば致命傷。しかも、防御してもガードのうえからでもあの破壊力。
しかし、あの斬撃は大振りでうち終わったあとは隙だらけなのだ。
今まさにその"一撃"が打ち出されようとしていた。
彼女がモーションに入る直前に美晴は俺にプロボクサーばりの超高速のウィービングをさせ、
回避しながらステップイン。
轟音が頭スレスレに掠めていった。
見事ばっちり氷雨のがら空きの懐に飛び込むことに成功した。
千載一遇のチャンスだ
ーここしかねえーーーーー!!!!
「『うおおおっーー!!!!』」