家族
いざ手に入るといつでも、要らなくなる。
いざ完成しきって、完璧な姿になったものほど、無機質な醜いものはない。
日本の見事な四季すらも写真がベストだ、と言い張る彼はやけに下がった右肩を少し揺らした。肩のあたりまで伸びた髪がそれに合わせて揺れた。
ロマンチストにはほど遠い彼は、ずっとロマンチックな恋愛ソングをパソコンから流れさせている。彼曰く、声とリズムが良ければ歌詞には目をつむる、そうだ。
世界が壊れてもその彼女を守るらしいバンドマンは、確かによくしみわたる声をしている。
外界から遮断されたこの部屋の中で、たとえば宇宙人でも襲来してきて外がめちゃくちゃになったとして、彼は私と生きていくだろうか。
毎朝私があけるカーテンを嫌そうににらむ彼は、曇りと雨の日には日差しがないからと外に出る。世界が壊れて、ずっと暗闇に覆われるような地球になれば、彼はすぐにでもこの小さな箱から飛び立つだろう。
だからこそ私は彼が好きだった。
暑さも寒さも嫌う彼は、滅多に外に出ないことのよくわかる白い肌と、にごった目で、ただパソコンとだけ向き合っている。
しかし彼の世界はパソコンから外につながっているかと問われれば答えはNOである。
彼はむしろその自分のパソコンがなるべく大きくならないように、懸命に自分の中で抑えられるようにと努力を惜しまなかった。
実際、彼はあまりに外界を遮断するあまり、自己満足の文章をただ書き連ねるのみの一種の機械となり下がっていた。
私は彼が嫌がることを知りながら、そっと髪を指ですいた。一瞬頭を振った彼は、静止はあきらめているようで、小さな声でおい、と言っただけだった。
彼の頭越しに彼の書く小説が見えた。
哲学的な少年が、偉そうに大人に説教を垂れていた。少年の目にはおそらく天気も政治家も神もうつらず、ただ自分とその脳だけが存在しているようだった。そろそろ少年の言葉が堂々巡りし始めたころ、彼は壁の時計を見て、帰れ、と言った。
それがあまりに力ない言葉だったので、最初私に向けられた言葉だとは気づけなかった。
「うん。」
言いながら私は彼と一緒に壁の時計を見た。
ずいぶんと時間が経っていた。
「たぶん、もう来ないよ。」
私はそうつぶやいた。
ちらりとこちらを向いた彼の目を見て、私は笑った。
「燃やしてきちゃった。家。」
これが私なりの懺悔であると思った。彼が唯一今までで一度だけ愛したことのあるものを壊すことこそが、唯一の方法だった。
「そうか。」
彼ののどぼとけが上下して、一言、唯は、と聞いた。一瞬見せた父の顔に、少し胸が痛んだ。
「大丈夫よ。きっと家と一緒に燃えたから。」
今度はずいぶんと間をあけて、彼はもう一度、そうか、と言った。
お前はどうするんだ、とも、俺にどうしてほしいんだ、とも言わない彼は私のことをよく理解している。
かち、かち、と今まで気にもしていなかった時計の音がやけに響いた。カウントダウンかとしみじみ思い、私は重たい腰をあげた。
「さよなら。」
彼がくるりとこちらを向いて、久しぶりに私は彼の顔をまじまじと見つめた。無精ひげの奥の唇がほとんど震えるように動いた。
「じゃあな。」
彼にとってはただの一日の終わりであるような言い方だった。
私はただ、彼の中の少年がはやくループから抜け出してくれればと思った。