集落
今回は魔王達は不参加です。
西の大陸、そこは多くの亜人種が住む土地である。中には国を建国する者もいるが、多くは集落などを作って生活している。集落の大きさはまちまちで、少数で暮らす集落もあれば大人数の所もある。その大小ある集落の内、周りに比べれば大きい集落が森から少し外れた処にあった。
そこはしっかりと柵が作られていて、中では様々な種族がお互いを助け合い生きていた。村を失ったエルフや蜥蜴族、その中でも一番多いのは獣人だ。獣人は殆どが温厚な奴が多く、知性も人間並みに発達している。ただ人間と違うのは、その見た目と強靭な肉体である。
獣人は人間と違いかなり丈夫な生き物で、その一人一人に得意とした能力がある。そのせいか、獣人を奴隷にしている国もある。そしてこの集落には、そんな奴隷生活から抜け出して此処までやって来たという者達が多くいる集落だ。
そんな集落の中の一人、かつては人間に奴隷として扱われていた獣人の少年が集落を目指し走っていた。
「みんなー!!」
叫びながら集落に着くと、すぐさま何人かが周りを取り囲んだ。
「ロウ、お疲れさま。外はどうだった?何もなかったか?」
この集落一番の年寄な爺さん、ぺトラは杖を突きながら話しかける。
「特に何もない。来る途中のトラップも問題ない」
そう言って膝に着いた砂埃を軽くはたき、頭につけているヘアバンドを直しながら獣人の少年、ロウ・ハミリットは言った。
「そうか。いやそれにしても、本当に足が速いなロウは」
「……まぁ、狼人種の俺はそれぐらいしか取り柄ねーし」
褒められなれていないロウは、ぺトラの言葉にぶっきらぼうに返したが、それすらもぺトラはそうかそうかと優しく受け止めた。
「おぉ、そうじゃ。ロウ、今日は良い魚が釣れたようじゃ。それに、この集落に新しく入った子たちもおるでの。ほれ、皆の所に行こう」
「……おう」
そう言ってぺトラはロウの手を優しく握ると微笑んだ。その微笑みに、ロウはいつも母を思い出していた。
俺の両親は、二人とも人間の奴隷だった。だがある時、父と母はまだ小さかった俺を連れてその人間から逃げた。その途中、父は人間達に捕らえられたが、母は振り返ることをしなかった。父と母は、お互いに何があっても振り返らないと決めていたのだ。そうして母は、森の中をとにかく逃げてこの集落に辿り着いた。だが母は、来る途中に怪我を負い傷口から大量の血が出ていて、もう助かる見込みはなかった。
今でも最後に見た母の微笑みが目を閉じれば思い出せるほど、鮮明に焼き付いていた。
そしてぺトラの手は、もう思い出せない父の手を思わせる。人間に捕まった父は、その後どうなってしまったのか分からないが、きっと殺されているだろうと俺は思っている。
「……やはり、寂しいかのぅ」
「え?何だよ急に」
「何やら、お前の心から悲しい声が聞こえてきてなぁ」
「またその力かよ。……俺は別に悲しんじゃいねぇ、ちょっと思い出しただけだ」
俺は申し訳なさそうにするぺトラの手をしっかりと握りながら言った。ぺトラには他の獣人にはない特別な能力がある。それは心の声を聴く力で、本人曰くその力は昔からあったのではなく突然備わった力らしい。ぺトラはその力の事を「心の癒し」と呼んでいる。実際、此処に居る多くの人がその力に救われていた。
「そうか……すまん」
「あー、もういいから。早くみんなの所に行って飯食べようぜ。俺腹減った」
俺がそう言って、空いている手で腹をさすってみせると、ぺトラはふぉっふぉ、と笑った。
「今日は新しく来た者達を歓迎する宴じゃ。みんな仲良く騒ぎなさい」
ぺトラが音頭をとると、話声がより一層騒がしいものに変わった。
(新しい仲間か……)
今回もどうやら奴隷にされていた獣人たちらしく、早くもその周りには同じ獣人たちが押し寄せていた。ロウは少し離れた所から周囲を警戒しつつ、ぺトラに渡された酒を少しずつ口に運んでいた。
(……追手が来るかもしれないな。明日の朝一で罠を見に行くか……)
ワイワイと騒ぐ者達を見つめながら静かに酒を飲んでいると、一人の人物がロウのもとにやって来た。
「お前は混ざらんでも良いのか?ロウ」
「俺は、酔っぱらいの面倒とか嫌だから、行かない」
「ふぉっふぉ、お前は本当に素直じゃなぁ!!」
そう言って隣に腰を下ろしたぺトラは、手に持っていた酒瓶を俺のカップに注ぐと、自身の持っていたカップにも淹れた。
「……追手の事か?」
ぺトラはカップの中の酒を飲みながら言う。突然のその台詞に、俺が何の言えないでいるとぺトラが囁くように大丈夫じゃ……と口にした。
「きっと、また朝起きれば、いつも通りの日常がある……」
その優しい口調に、俺は少しだけ安堵した。ぺトラの言葉は何の確信も無ければ、何の保証もない。だが、その言葉は俺を落ち着かせる。それは優しいぺトラの心そのものだった。
「別に、心配なんかしてない」
俺がそう言ってカップに入った酒を飲み干すと、ぺトラは優しいのに素直じゃあないのぉ……と言ってふぉっふぉ、と笑ったのだった。
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目が覚めると、昨日の宴が嘘か幻であったかのように集落は静寂に包まれていた。
「……もう朝か」
寝起きは良い方のロウは、すぐに起き上がると全身の筋肉をほぐす様に伸びをした。その時、集落の外に何か違和感を感じた。
(……何か居る)
風もないのに木の葉の揺れる音がし、何かキリキリと耳障りな音も聞こえてくる。そして、集落の周りにはこの集落の者ではない気配が此処を取り囲むようにしてあった。
(まさかっ!!!)
「ぺトラ!!ぺトラ起きろ!!帝国兵だ!!奴らが来た!!」
隣で眠っているぺトラの身体を揺すりながら話しかけると、その言葉に反応したぺトラが飛び起きた。
「馬鹿な!!あの罠をすべてかわしてきたというのか!!!」
ぺトラが言うように、それはあり得ない話であった。この集落に着くまで、多くの罠が仕掛けてある。その幾つかある罠の中には、この集落にまで聞こえるような音の発生する罠もある。その罠は人間には聞こえず、耳の良い獣人などにしか聞き取れない音を出す特殊な糸でできている。その音は、眠っていても分かるほどの煩い音だというのに、誰一人として聞いていない。ましてやこれほどの獣人たちが囲まれるまで気が付かないなどという事はあり得ないのだ。
(くそっ!!なんでだ!!!昨日見た時は罠はちゃんとして……まさかっ!!!)
信じたくはないが、この集落の中に裏切り者が居るとしか考えられなかった。きっと此処に来るまでの道を教え、昨日の宴の酒に睡眠薬か何かを入れておいたのだろう。
「くそっ!!ぺトラ、どうする!?」
「……ロウ、お前はこのことを周りの集落に伝えるんじゃ」
「でもっ!それじゃあ皆はどうするんだよ!!それに、ぺトラも!!」
「彼奴らは若い獣人を奴隷にする。それ以外は放って置かれるはずじゃから、大丈夫じゃよ」
まぁ若者を連れていかれる訳にはいかんがの、と笑いながら言ったぺトラは力強くロウに言う。
「だからロウ。お前は一刻も早く伝えるのじゃ。……お前はこの集落の誰よりも速いのじゃから」
そう言って優しく微笑むぺトラに、ロウは何も言えなかった。
「さぁ、早く!!早く行くんじゃ!!ロウ!!」
初めて聞くぺトラの荒々しい口調に身震いした後、ロウは集落の出口とは反対の方向に走り出した。
「……頼んだぞ、ロウ」




