厳寒の大地
次の日の朝、俺たちはグラドに起こされ城の門を出てすぐの場所に立たされていた。グラドは朝から部屋で大きい声を出すので、耳も痛いし頭も痛い。俺含め、皆の寝起きは最悪だった。
「……なんなんだ、こんな朝早くから」
「いい質問だな!!アヴァニール!!これから、氷帝の城に行こうと思ってな!!」
眠い目を擦りながら聞くと、グラドは何か自慢げに言った。俺は最初聞き間違えたかと思い、もう一度グラドの言った言葉を脳で再生する。
「……は?いや、だってそのうち会談があるんだろ?」
「それがな、会談が今日だったんだ」
そう言った後、グラドは確認のためにサリヴァンにそうだよな!と話しかけた。
「はい、その通りです。皆様、大変申し訳御座いません」
サリヴァンはそう言って、丁寧に頭を下げた。グラドはそんなサリヴァンを見た後、まぁ此処は俺に免じて許してくれ!!と言って豪快に笑った。俺は、いや、そもそもお前がちゃんと知っていればこんな事にはならなかったんじゃ……と喉の辺りまでその言葉が出掛かったが、眠気のせいで欠伸と共にその言葉は消えていった。
「……話についていけてないんだが。だから、なんで起こされたんだ?」
「結局お前たちも近々アイツの所に行く予定なんだろ?」
「あぁ……そうだな」
「そこでだ!!俺がお前達を氷帝の城まで移動させてやろうと思ってな!!」
「え?」
「とにかく!!一緒に来い!!!」
もう面倒くさいし、頭痛いし、耳痛いし……とりあえず話に乗っておくか……。
「……はぁ。で、移動はワープか?」
「そんな移動を楽しめないもの、俺が使う訳ないだろう」
グラドはサリヴァンにむかって用意しろ、と命じた。命じられたサリヴァンは、ズボンのポケットの中から小さな笛を取り出し、そして一度グラドを見て宜しいですか?と声をかけた。
グラドがいいぞ!!と返すと、サリヴァンは笛を吹き、その笛は綺麗な音を出し、辺りに鳴り響いた。暫く岩などに反響した笛の音が続いたが、特に何かが起こるようなことはなかった。
「……なぁ、なにを」
「お!!来たぞ!!!」
俺の言葉を遮って、グラドは空を見て言った。俺もグラドと同じく視線を空に移すと、何かが此方に向かって飛んで来ているのが見えた。
「……あれは、なんだ?」
「あれはグラド様御用達の、移動用天空車です」
俺の疑問に答えたのは、サミエルだった。サミエルは朝早くだというのに全く眠そうな気配を感じなかった。
「天空車?あれはなにが」
俺が問いかけようとした時、目の前をその天空車が通って行った。降り立った天空車を見ると、グラドがそれを引っ張っていた何かを撫でていた。
「なんだ?コイツ」
俺は恐る恐るグラドの元に近寄り、尋ねた。
「ん?コイツは、水焔龍と言ってな。一応、ドラゴンの一種だ。コイツは水と氷、そして炎にも耐えられる珍しい種でな。俺のお気に入りだ」
水焔龍と言うドラゴンの突き出された頭を、グラドは嬉しそうに撫でていた。俺はそのドラゴンに、改めて目を向ける。
首が長く、薄く煌めく鱗の下には赤い色の皮膚の様なものが見えていた。尻尾には、まるで魚の様に尾びれがついている。そして、背に着く大きな翼をゆっくりと羽ばたかせていた。
「さて、じゃあ行くか!!」
グラドが声を上げると、既に馬車の扉の横に立っていたサリヴァンが、スッと扉を開けた。グラドがそのまま乗り込んだのを見て、俺たちもその後に続いた。馬車の中は外から見た時より、広く感じ、赤と金で統一された装飾品は、美しいの一言に限るものだった。
「なんか、グラドがこんな豪華で綺麗なのに乗ってるって……意外だな」
「アヴァニールは意外と毒舌だな!!俺だって、これ位のものには乗るぞ!!嘗められるからな!!」
笑いながら言うグラドは、目配せだけでまだ馬車の外に居るサリヴァンに合図を送る。それを見たサリヴァンは、一度頭を下げてから半身だけ馬車に乗り込む。だが、扉を閉めずに馬車を呼ぶ為に使った笛を再度吹いた。
すると、先程まで大人しかった水焔龍が嘶きを一つあげ、それをすぐに確認したサリヴァンは、扉を閉めながら自分も馬車へ乗り込んだ。馬車は最初地面を走っている感覚が伝わってきていたが、次第にその地面を走る感覚が無くなっていく。その事に少しだけ不安に感じる俺を他所に、グラドは突然話し始めた。
「さて、アヴァニール。これから氷帝に会いに行くわけだが……」
「……?」
「正直、お前が仲裁に入ってくれんと、大変な事になる。よろしく頼むぞ!!」
「……ん?その前に、何で喧嘩する事が前提なんだ?もっと穏便に話し合いできないのか?」
「無理だな」
「はぁ…………」
正直まだ会った事もない相手とグラドの喧嘩の仲裁などできるのだろうか……と、思ったが真剣な表情をしているグラドに言い出す事は出来なかった。
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馬車に揺られること(まぁ正確には揺れていないが)数時間。馬車が地面に着いた感覚があった。
「お、着いたのか?」
「そうだな、窓の外を見れば分かるぞ?」
そう言って窓を人差し指の爪でコツコツと鳴らすグラドの態度が何となく癪だったので、俺は目線だけを窓の外に向けた。
「なんだ?……雪?」
雪に釣られ思わず身体を向けると、そこは先程居たグラドの領地とは違い猛烈な吹雪が地面に向かって落ちていく極寒の大地が広がっていた。吹雪の奥を見ると氷山が連なり、時折氷が崩れ落ちていた。
「これは、凄いな……」
「はっはっ!!まぁアヴァニールはそう思うか!!因みに、俺はここに来るとモチベーションが下がる!!!」
「いや、そんな事を自慢げに言われてもだな……」
俺たちが話していると、馬車が突然動きを止めた。その突然の停止に、俺は少し前のめりになるが隣に居たラオルが俺をやんわりと受け止めた。
「うおぉ……悪いな。ラオル」
「………」
俺がラオルに言うと、ラオルは首を二回横に振って見せた。
「グラド様、着きました」
グラドの隣に座るサリヴァンが話しかけると、グラドは開けろと指示を出した。サリヴァンは何も言わず、馬車の取っ手に手を掛け扉を開けた。その瞬間馬車の中に冷気が駆け巡り、直ぐに内部を冷却した。
「あー嫌だ」
「グラド様、駄々を捏ねずに降りて下さい」
一瞬嫌な顔をしたグラドだったが、一度深呼吸をして馬車を降りていく。次にサリヴァンに降りるよう促された俺は、馬車から氷の大地へと降り立った。
「……凄いな」
馬車を降りた目の前には、氷で造られた城が建っていた。城全体に魔法がかかっているのか、薄っすらと膜の様なものが張られている。今俺たちの居る膜の中は吹雪がないが、その外を見ると猛烈な吹雪が地面に叩きつけられていた。
「なるほど、この膜が吹雪を遮断しているのか。それにしても、綺麗な城だな」
「そうですね、氷帝様は氷の魔法が得意な御方なので。それと、氷帝様は吸血鬼の元祖なので氷の大地の方がより良い血液保存ができる、と仰っていました」
ミリアが得意げに話す内容に、俺はそうなのかと相槌を打っていた。
「あ、そう言えば。なんでグラドと氷帝は仲が悪いんだ?」
「それは……」
『おーい!!アヴァニール!!置いてくぞー!!』
突然大きな声で呼ばれた俺は驚き、慌てて声のする方へ顔を向けると、グラドとサリヴァンが既に城に向かって歩いていた。
「あっ!!おい!!ったく……悪いなミリア、取り敢えずグラドの後を追うぞ。おいお前達、いつまでそこに居るんだ?早く来い」
俺とミリアの後ろについていたロウと、何故か睨み合っているサミエルとラオルに声をかけ、俺は城へと歩き出した。




