任務依頼
ドルマを店から連れ出し、暗殺の訓練をさせる様になったのは一月がたった頃だ。ガリガリだった身体は、しっかりと肉がつき、薄汚れていた肌や髪には艶が戻った。だが、一つだけ変わらなかったのは空虚な瞳だった。
「いいか?敵を真正面から攻撃するな。音もなく、影もなく、背後に回れ。そして、その首をかき切る。いいな?」
「…………」
それから幾度となく練習を重ねたドルマは、順調に腕を上げていった。
「……なぁ少年。そろそろ私にお前の名前を教えてくれないか?」
ゼノンはあの日以来、今まで口にしなかった事を今日初めて言った。一瞬、驚いた顔を見せた少年は少し下を向いて、小さく声を震わせながら言った。
「……ドルマ」
「ほう、中々いい名前だな。じゃあドルマ、これからもよろしくな」
そう言ってゼノンがドルマの頭を撫でると、またしても驚いた顔をした。だが、その後にドルマは微笑んだ。その優しく穏やかな表情を、ゼノンはこの時初めて見たのだった。
あの頃が懐かしい……と喋るゼノンは、何処からか瓶を一本取り出し、その瓶の中身を一気に飲み干した。
「ですが隊長。何故ドルマ様は少女のような格好をされているのですか?」
前々から疑問には思っていたのですが、と言葉を付け加えながらフューエルが言うのに対し、ゼノンはニヤリと笑って見せた。
「なに、あれはあの子のご所望なのさ。あれの方が仕事の幅が広がるとかでな。まーでも、実際あの子の趣味も入ってるんじゃないか?」
そう言ってゼノンは手に持っていた瓶を自分の腰のバックにしまった。
「さてと、おーいお前達。その辺にしておけー。というか、集まれー」
そうゼノンが呼びかけると、練習試合中だった全員が此方を見て動きを止める。程なくして部下全員がゼノンの元へと集まってきた。
「よしよし、いい子達だなー。さて、今日は私がお前達を指導しようと思ってな」
ゼノンが満面の笑みで言ったその瞬間、その場にいたドルマ以外の全員がざわめいた。
「ゼ、ゼノン隊長直々に?」
「そうだ。たまには指導者らしい事でもしないと、私に対する信頼とか敬いの気持ちが薄れては困るからな」
ゼノンはそう言って優しく微笑むが、部下達はその微笑みに震えた。だが、次にドルマが発した一言に部下達は凍りついた。
「……ゼノ、暇?」
ドルマは首を傾げながら、隊長であるゼノンに暇だから指導をつけるのか?と尋ねたのだ。
「…………」
ゼノンは静かにドルマを見つめていたが、直ぐにふっと笑いドルマの頭を撫でた。
「そうだな、ぶっちゃけ暇だ。まぁ、どれくらい力がついたのか見るいい機会だろ」
「……そう」
頭を撫でられていたドルマが短い返事を返したのを見て、部下全員は心の中で安堵した。だが、その安息も束の間だ。これからゼノン直々に指導されることに、部下達は乾燥して唾液もない喉を鳴らした。ゼノンは普段温厚だが、訓練絡みになると人が変わったようになるのだ。
「さて!じゃあ始め……」
「お待ちください、ゼノン隊長」
ゼノンに声をかけたのは、フューエルだった。フューエルは、普段ゼノンが居ない時にこの部隊を任されている誰しもが認める副リーダーだ。
「あ?なんだ?」
明らかに機嫌の悪くなったゼノンに、フューエルは淡々と話し出した。
「先程、メディク様からご通達がありました」
その言葉を聞いた瞬間、ゼノンは露わにしていた怒りをおさめ、溜息をつきながらフューエルに聞いた。
「で?依頼は?」
「はい。ミレーア帝国のディーレ伯爵が『もう取引には応じない』との事なので、少し脅かす程度に揺さぶれとの事です」
「そんな面倒なの、他の奴にやらせればいいだろ?」
「それが、メディク様管轄のジンガ様とドール様は別件でお忙しいとの事ですので」
申し訳なさそうに言うフューエルにゼノンはまた溜息をついたが、少し間を開けて分かった。と返事をした。
「しょうがない。やるか」
ゼノンは渋々といった感じで承諾したが、部下には願ったり叶ったりの展開だった。少なくとも、ゼノンに指導してもらうのなら任務をこなす方が数百倍優しいものだ、とこの場に居る全員が思っている。
「じゃあ皆、頑張ってこい。私は此処に居るからな」
そう言って全くやる気のないゼノンは、また椅子に座った。その姿に部下の一人がゼノンに問いかけた。
「あのぅ、ゼノン隊長は来られないのですか?」
「あぁ?当たり前だろー?私は此処で待ってるから、皆で行って来い。……はぁーあ、一気にヤル気削がれたなぁ……」
ぼやきながら寝る体制に入ったゼノンは、最後に部下にひらひらと手を振った。
「……どうします?副隊長」
「……仕方が無い。こうなったゼノン隊長は暗殺されそうにならない限りは起きないだろうからな。では、改めて……第零班、これより任務を遂行する」
『はっ!!!!!』
その様子を、ドルマだけが静かに見ていた。




