姫と王子と絵本の噺
『絵本・姫と魔人』
『昔々、あるところに一人の少女がいました。
少女は国のお姫様で、国の皆から大事にされ育ちました。
16になったお姫様は、ある日お城の中が退屈に感じ、森の中だけに咲くと言われる美しい花を摘みにお城を抜け出しました。お姫様は薄暗い森の中を奥へ奥へと歩いていきます。
森の中に一か所だけ太陽の光が差す場所があり、それはそれは美しい花が咲いているのをお姫様は見つけました。もっと近くで見たい、そう思ったお姫様はその花の傍にやってきました。
すると、木々の奥から一人の美しい顔をした男性が現れました。男性は黄金の髪を風に揺らし、透き通るような雪肌でした。そして、彼の瞳は人間では持ち合わせない、魔の者の証である紅い色をしていました。
お姫様は驚いて逃げ出そうとしましたが、彼はその花を見に来ただけだと言って微笑みながら、お姫様が見ていた花を指さしました。お姫様が知っている限りの人間の中の誰よりも、彼は優し気な瞳と声音でした。
その日、お姫様は初めて恋を知りました。
その日からお姫様は幾度となく花の元へと足を運びました。そうしている内、いつしか二人は恋に落ちました。
ある日、いつものようにお城を抜け出そうとした時、世話係に見つかってしまいあの人の元へは行かせてもらえませんでした。その事がきっかけでお姫様が森の中であの人と親しくしている事が分かり、お姫様は無理矢理に政略結婚の相手として、西にある国の妃にされてしまいました。
お姫様はそれ以来、あの人の元へはいけませんでした。その後、あの人がどうなったのかはお姫様は知りません。ですが、お姫様はいつかまたあの人に会える事を願いました。運命の糸に導かれるその時を、毎日星に願うのでした。
おしまい』
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東の国、人間が暮らすミレーア帝国には人間が約5000万人、亜人種4000万人、計9000万人が暮らしている。ミレーア帝国では市場が盛んに開かれるので、街は年中お祭りが行われているかのように活気がある。城下町は特に人が多く、露店が立ち並んでいるために笑い声や商売を営む活気ある声が耳に入ってくる。
そんな人々が行き交う中に、綺麗な鎧を纏った青年が歩いていた。肩に少しかかる位の黒い髪に、薄蒼色の瞳をした青年に、露店の主人や行き交う人々皆が挨拶をする。
「これはこれは、アリシア様!!今日もお早いですな!!」
「あぁ、皆の顔が見たくてね」
「アリシア坊ちゃん、おはようございます。今日も男前ねぇ」
「おはよう。有難う」
声をかけられる度、笑顔で返事を返すアリシアは、露店を眺めながら城に向かって歩いていた。
城に着くと、門兵が門を開き敬礼をする。門を潜ったアリシアは、そのまま宮殿へと歩き出した。長い長い廊下を歩いていると、宮殿で警護をしている兵士や使用人達に挨拶をされるが、アリシアは急ぎ足で部屋の中に入った。
「……はぁ、なんだってあんなに女がいるんだ」
自室に向かう途中、声をかけられた中にはメイド達もいた。そのメイド達は全員美しい美貌の持ち主だった。溜息をつきながら椅子に座ると、扉をノックする音が聞こえたのでどうぞと返した。
開けられた扉の向こうから顔を出したのは、皺だらけのよぼよぼとした男だった。
「パナティール……何の用だ」
「アリシア様……そろそろ、その変身を解いていただけませぬか」
「……」
その言葉にアリシアは顔をしかめたが、素直に分かった……と声にすると、アリシアが突然煙に包まれる。その煙が消えてなくなると、先程まで黒い髪色だったアリシアの髪は美しい金色に変わった。瞳は先程と変わらずの薄蒼色瞳だが、先程とは違いそこに男らしさは全く感じられなかった。
「ほら、これで文句ない?」
「はい……ですがアリシア様。いつまでこのような事をお続けになるので?」
「そんなの、あの勘違いナルシスト野郎が私に興味をなくすまでよ。と言うか、私のコレは今に始まったことじゃないでしょ?」
「確かにそうですが……王子、いえ姫様は既に16歳。もう婚姻できるお歳なのですよ?ここ最近ではこの宮廷で働きたいと言う若い女子が多く……」
「泣き言なんて聞きたくないわ。それはそっちで何とかしてよね」
アリシアは軽くあしらうと、目の前にあるティーセットに手を伸ばし自分で紅茶を淹れ始めた。
静かになったパナティールは、ただ一言畏まりました……と口にして部屋を出ていく。アリシアはそれを見送ると、また自身に魔法をかけた。
この魔法は幻覚魔法と言い、全くの別人に変身する事が出来る。その用途は王族や貴族が密会する時や国から出奔する時に使われる。普通この時は魔具と呼ばれるものを使うのだが、アリシアの場合は人間には稀な魔力を体内に蓄積できるタイプなので一々道具を使わなくて済んでいるのだ。
アリシアは、この魔法を5歳の時には習得していた。それ以来、身内の極限られた人しかアリシアが女であることを知らない。だが、ここ最近になって何故だか西の帝国から縁談がやたら届いてくるようになった。パナティールは先程このことには触れなかったが、きっと彼も彼で気にかけてはいるのだろう。
父はと言うと、縁談の話が来る度に、うちの子は王子だと言っているらしいのだが、向こうは全く聞く耳を待たないとこの間母に嘆いていた。どうやら、どこからか情報が洩れているのは間違いない様だ。父は自分がこの姿で居る限り安心だと言って許してくれているのだった。
だが、この間大臣に教えてもらった事だが父は『可愛い娘を、いけ好かない男にやってたまるか!!!』と激怒していたらしかった。言うのも恥ずかしいが、かなりの親バカだ。
「はぁ……」
紅茶を口にしてからため息をつく。パナティールがさっき言っていたように、最近女の使用人やメイドが増えているように思える。
「……私は女だよ。残念だったね。……なんて、言える日が来るのかな」
そう呟くと、寝室に入り鍵を閉める。閉まっている事をしっかりと確認してから、来ていた鎧を脱いでいく。そして、女の子らしい寝巻に着替えるとまた変身を解いた。
長い髪を纏めてからベット脇にある鍵付きの棚の前に立つと、首にぶら下げていた鍵を取り出し、その棚の鍵穴に入れる。カチャと奥まで入った音を聞き、そのまま手を左に回すとガチャリと音を立てて引き出しが開いた。
その中には、一冊の絵本が入っていた。タイトルは薄くなってしまった文字で、姫と魔人が書かれている。アリシアはその本を手に取ると、ベットに横になり絵本をパラパラと捲っていく。
「……運命の糸、かぁ」
最後のページに書かれた台詞に、アリシアは感嘆の溜息をついた。この絵本は昔母から貰い受けたもので、長きに渡りずっと大切にされてきた絵本らしかった。
昔、母にこの絵本を読み聞かせてもらった時はこのお姫様は結婚したのに何故、幸せそうな顔をしていないのか不思議だった。だが、今の自分には何故お姫様は幸せそうな顔していないのか分かる気がした。
「好きな人と結ばれないなんて……絵本だけだと思ってたのに。……私の人生は、絶対にハッピーエンドにしなくっちゃ!!!」
アリシアはその絵本を閉じ、また引き出しに鍵をかける。
「よしっ!!自分の相手位、自分で見つけなくちゃ!!!」
そう言って握りこぶしを作ると、アリシアはベットに横になった。




