瞳に宿るもの
じじぃのターン‼‼
ぺトラ達は集落の中心に寄せ集まり固まっていた。
ロウが居なくなった後、数分もしないうちに帝国兵が乗り込んでくると、集落の者達全員がその中心に集められた。帝国兵たちを見ると家の中に誰も残っていないかを調べているようだった。その様子を見ていた子供の一人がそれを抱いていた母親と震えだした。ある者は人間に対して憤りを見せる者もいた。
ぺトラはその者達に静かに、できるだけ優しく声をかけていた。目の前に居る兵士たちはそんなぺトラ達を嘲笑うかの様に口の端を釣り上げていた。すると、一人の男がぺトラ達の前に立つ。その男は他の兵士達の様に鎧を着ていない。ローブを纏い、左胸には銀の紋章入りのバッチを付けていた。
「これで全員か?」
「はい、集落の者はこれで全員のようです」
男が尋ねると、一人の兵士が敬礼をしながら言う。どうやらこの男がこの兵士達を束ねているようだ。ぺトラは目の前に立つ男を見つめつつ、他の者たちが何かしないかを窺った。
「さてさて、亜人種の諸君。君たちは我々帝国の礎となる、それはそれは素晴らしい役割に選ばれた。その事を誇りに思いなさい。そして、我々人間と寛大な御心を持つ我らが王に感謝するのです!」
そう捲し立てる男の台詞に、ぺトラは心の中で何が素晴らしいものかと罵倒した。この集落のずっと北に位置するシーザ帝国。そこは人間達にはとても住みやすい地だ。大きく美しい都市があり、行商達も多く貧富の差も少ない。まさに理想郷だ。
だが、そこで働いている殆どが奴隷とされた亜人種達なのだ。人間はその奴隷を買い働かせ、動かなくなればまた新しい奴隷を買う。そして足りなくなればこうして亜人種の集落を襲い奴隷を増やす。シーザ帝国は奴隷国家なのだ。
「…………」
「ん?何だ、じじい。何か言いたい事でもあるのか?」
「いえ、なんにも……」
そう言って、下卑た笑顔で近づいてきた兵士の鎧に刻まれた帝国のマークを見て、ぺトラは昔奪われた息子を思い出す。あの時はもっと酷いものだった。集落に突然やって来た帝国兵たちは、小さな子供まで連れて行った。必死になって我が子を取り戻そうとした母親を殺してまで、奪い去っていった。ぺトラは息子を守ろうとしていたが、それは微々たる反抗に過ぎなかった。
息子が連れ去れたあの日から、自分がしっかりしていれば、逃がしてやれていればと……毎日、毎日、ぺトラは自分自身を攻め続けた。
そしていつしか人間を憎むようになり、自分自身を憎むようになった。こうでもしなければ壊れかけの心を保つ方法が分からなかったのだ。
そんな時、ロウと巡り合った。
ロウが居てくれたおかげで、ぺトラの心は段々と昔の様に穏やかになっていった。深い悲しみと怒りに満ちていたこの壊れかかった心の内を、ロウは元に戻してくれたのだ。
ぺトラは心に誓っていた。
何があってもロウだけは絶対に渡さないと。勿論、集落の者達も大切な家族ではある。だが、やはりロウだけは別なのだ。このことが知られれば軽蔑されるかも知れないが、もう二度と自分の大切な子を失いたくはないのだ。
(ロウ、お前はわしが守る)
「……そこの若い獣人、右端の獣人、あと後ろの二人の獣人。此方に来い」
ぺトラがそう思っていると、突然ローブの男が幾人かに指をさす。すると、直ぐに兵士たちが指名された者たちを立ち上がらせ連行していく。その中には先程母親と震えていた子供の姿があった。子供は泣きじゃくり、母親は子供の名を何度も呼んでいた。そのあまりにも残酷な光景に、ぺトラは思わず声を上げた。
「ま、待って下され!!そんな無理矢理に!!!」
「何だ?帝国に逆らうのか?」
そう言ってローブの男は冷たい眼差しでぺトラを見た。その瞳は汚いものでも見たかの様にも、馬鹿にした様にもぺトラには見えた。そしてその男の心の声も微かに聞こえた。
亜人は人間の家畜に過ぎないと
(……!!下衆が!!!)
「どうした固まって。怖いか?助けるんじゃないのか?」
「---ッ!!!」
「そうだな……地面に頭をつけて願うなら考えてやらんでもないぞ?」
そう言って薄ら笑いを浮かべる男に虫唾が走りながらも、ぺトラは地面に膝をついた。後ろからはぺトラの名を呼ぶ声が聞こえてくる。だが、ぺトラは気にせず頭を地面につけ頼んだ。
「……お願いです。その子らを、連れて行かんで下さい」
これからを生きる子供たちが、奴隷にされ虐げられその命を散らす。それを守れるのであれば、自分のプライドなんてものは必要ない。もしかしたら自分が殺されるかも知れない。
だがこれからを自由に生きる子供たちを自分一人の命で救う事ができるのならば、ぺトラはそれでいいと思った。
だが、その思いは男の笑い声と言葉によって踏み躙られた。
「馬鹿か!?お前らの願いなんて誰が聞くと思う!?あははははははは!!!」
まさか本気にするとは、つくづく馬鹿な連中だなぁ!!と言って笑う男に同調した周りの兵士たちが笑い出す。ぺトラはその笑い声のする中、顔を上げる事が出来ずにいた。目の前の地面に一粒雫が零れ落ちると、その後からは次々地面に点を作り出す。
もうどうすることも出来ない、そう思っていると子ども達の泣き声が聞こえ顔を上げた。連れて行かれる子ども達の瞳からは大粒の涙が落ちる。子ども達は次々と馬車の後方に着けられた檻の中に入れられていき、残りの兵達が集落の入口へと向かっていく。
(……すまない、皆……)
馬の嘶きと共に馬車が動き出すのを見て、ぺトラは子ども達に向けて手を伸ばすが決して届かないその手は空を切るだけだった。ぺトラはまた下を向いたその時、馬の嘶きを耳にした。
それに驚き顔を上げると、見た事のない魔族の三人組とその後ろにいる見知った顔が目に映った。
「ロウ!!!」
名を呼ばれた少年は瞳の奥に静かな怒りを宿していた。




