7.あの日よりも仲良くなって
「ナイトをD6に動かします。セラ君のクイーンはいただきますね」
「うん。じゃあ僕はルークをB3に。イヴお姉ちゃんのキングをチェックするよ」
「あ、あ、ちょっと待ってください今のなしで、仕切り直しで」
学校終わりの午後三時。俺の家に来たセラ君は、イヴと脳内チェス勝負を繰り広げていた。
さすがアンドロイド。やってることがすごい。俺に許されたのはテレビ観賞だけ。
(仲良さそうだな)
似た境遇にいるからか、イヴとセラ君の関係は良好らしかった。
セラ君は礼儀正しいし本当に素直に笑う。正と負でバランスが取れていると感じた。
「セラ君は強いですねえ。海さん、充電させてもらいます。ふるぱわぁを出す時が来ました」
「あいよ」
イヴが後頭部から伸ばしたコードをコンセントに差し込む。予想通りに停電が起きた。
電源がついたり消えたり。番組の続きはあきらめた。もっと充電技術をみがいてほしい。
(よし、だったら)
ならばとベランダに向かう。寒い外気の中を耐えて洗濯物を取り込んだ。
それらをかついで室内に戻る。うなだれているイヴがいた。早くも充電は終わったらしい。
「負けました」
「えへへ、僕の勝ちだね。イヴお姉ちゃんが強いから、すごく楽しかったよ」
決着が付いていた。やっぱりセラ君の方が高性能なのかな。
「待ってください次は勝ちます。海さんはシカト決め込んで、リベンジマッチといきましょう」
「いや手伝えよ。俺を無視するなよ」
本当このやろうは。
「あ、海くん。よかったら僕にやらせてほしいな」
「え? いやしかし、お客さんに負担をかけさせるわけには」
「そうですよセラ君。わたしたちはアンドロイド。余計な気をつかわなくても許されます」
「てめーはしばらくお口チャックしてろ!」
誰が余計だ誰が。イヴを叱る間にもセラ君は洗濯物を畳み始める。
「ごめんね。こういうのしてないと、なんだか落ち着けなくて」
「わあっ手際がいいですねえ。海さんより一億万倍うまいです」
「むかっ!」
同居人のくせに生意気な。それはさておきセラ君の家庭事情が気になる。
「家事が趣味なのか?」
「うん。おじいちゃんと暮らしてた頃は、手伝いながらお話をするのが好きだったんだ」
懐かしそうに話すセラ君。家族への深い思いやりを感じた。
「僕一人だと、どうしても暇になっちゃって。ごめんね、勝手にこんなこと」
「すごく助かるよ。おじいちゃんは、いつ退院できるんだ?」
「まだ、もうちょっとかかるみたい。いつかおじいちゃんも、僕の側からいなくなるのかな」
「……セラ君」
セラ君が手伝うのは、思い出にふれたいから。あたたかさと繋がっていたいから。
どんな存在にも寿命がある。有機物や無機物。動物に植物。人間もアンドロイドも。
「セラ君」
「なに?」
口を開いたのはイヴ。細やかな手がセラ君の肩にそっとかさなる。
「わたしたちは、一人にはなりません。どれだけ孤独でも、どこかで誰かが気にかけてくれています」
「どこかで……誰か」
「ある人が、わたしに言ってくれたんです。アンドロイドにも『こころ』があるかもしれないと。だから」
イヴの優しい表情。いつか伝えた俺の言葉。
「離れていても、想いは繋がります。セラ君が落ち込んでたら、おじいちゃんが悲しみますよ」
「イヴお姉ちゃん……そうだよね。ありがとう。悩んじゃだめだよね」
贈る気持ちはセラ君に届いた。無邪気な安らぎが淡く咲いていた。
「よし。じゃあみんなで畳もう。セラ君は家庭的だな。イヴがぼんくらだから輝いてるよ」
「あっ言いましたね、いけませんねえ。攻撃モードで海さんに体当たり。おりゃーっ」
「わーやめろこらー!」
いきなりのしかかり。洗濯物を巻き込んでのもみ合いが始まった。
たぶんイヴは場を和ませようとしてる。その案には賛成だ。セラ君も楽しそうな表情だから。
「ふふ、イヴお姉ちゃんって面白いんだね」
「いやあそれほどでも。セラ君にも加減がちに体当たり。そりゃーっ」
「わあー!」
イヴはセラ君にも攻めを加えた。畳んだ洗濯物が無駄になった。
きっと『こころ』は変わるもの。前向きになれたなら、くじけたこともできるようになる。
もしかしたら、人も前を向けるかもな。もみくちゃになりながら、そんな希望を思い浮かべたりした。