6.おつかれ様とはじめまして
「仕方のない人ですねえ。せっかくのお昼休みなのに、誰とも話さず席で寝ているなんて」
「うるさいな。自由時間だからいいんだよ」
イヴが挨拶もとい茶化しに来た。たぶん俺よりこいつの方が学校に馴染んでる。弁当を食う友達もできてたし。
「つかお前、食った物どうなってんだよ。きちんと消化できんのか?」
「まぁその辺は高性能なので。抹茶パンのおいしさといったらもう。ほっぺたとろけます」
「しぶい趣味だな」
お年寄りの好みかよと思った。このハイテクっぷりなら正体を気付かれることもないだろう。
イヴがアンドロイドだという事実は、この学校では俺だけの秘密。そんな状態は早くも崩されることになった。
「あれ?」
「どうしたよ」
「見てください。新しい出会いみたいです」
示されるままに教室入口を見てみると、素直そうな雰囲気の小柄な男子生徒が目についた。
男子生徒が俺たちの方に、机の間を抜けながら歩いてくる。なにか用事があるみたいだ。
「友達じゃないのか?」
「いえいえ。でも、もしかしたらそうなるかもしれませんね」
「なに?」
やけに意味深な発言。やがて男子生徒が俺たちの前で立ち止まる。
「えと、はじめまして」
頭を下げる男子生徒。第一印象から感じてたけど、イヴよりも物腰の柔らかな仕草だった。
俺たちも挨拶を返す。男子生徒は安心したように話し始めた。
「あの、実は聞きたいことがあって。もし間違ってたら、本当に迷惑かけちゃうんだけど」
「ははあ、なるほどそういうことですか」
男子生徒はイヴを見ていた。イヴも勘付いた様子で言葉を返す。
「場所を変えましょう。ついでに海さんも来た方がいいですよ」
「ついでとか言うな」
俺だけ置いてきぼり。ひとまず従っておいた。廊下に出て部外者のいない教室を探す。
手頃なのは会議室だった。中に入る。がらんとした室内は冬のせいか肌寒かった。
「もう大丈夫です。ここなら誰にも聞かれたりしませんよ」
「うん。ありがと」
男子生徒は穏やかに微笑む。イヴとは正反対の無邪気な表情だった。
「それで、あの」
和やかな空気。それを保ったまま、男子生徒の口から他言無用の事実が飛び出した。
「もしかして、お姉ちゃんってアンドロイドなのかなって。なんとなく、僕とおんなじ気がしたから」
「わあっさすがですねえ。わたしも気付いてましたよ。あなたを見た瞬間ビビッでしたから」
(なにぃ!?)
またしても俺だけ置いてきぼり。この男子生徒もアンドロイド。じっくり観察しても人間なのに。
「ち、ちょっと待て。アンドロイドってイヴだけじゃないのか?」
「あはは、まさか。誰だってひとりぼっちは寂しいですからね」
「いや全く説明になってねえから!」
イヴが笑って答える。解決の糸口にすらなっていなかった。
「よかった。お兄ちゃんも知ってたんだ。もしかして二人は、一緒の家で暮らしてるの?」
「そうなりますねえ。海さんは家事もできて、なかなか役に立ちますよ」
「お前はさぼってるだけだけどな!」
ものすごい上から目線な評価をされた。なまけ魔のくせに。
「あなたも誰かと暮らしてるんですよね。仲良くやれていますか?」
「うん。あ、でも今は僕ひとりなんだ。おじいちゃんなんだけど、最近は入院してて」
帰る家があっても、迎えてくれるのは抜け殻だけ。それが今の男子生徒の生きている環境。
「ひとり、ですか」
「うん」
「さみしいですか?」
「……ちょっとだけ。もう慣れたから」
答える男子生徒。納得とは程遠い表情。俺も少しだけ『こころ』に共感できた気がした。
(孤独の痛み、か)
イヴも言葉を探していたけど、それよりも先に自分の口が伝えた。
「頼みがあるんだ」
まただ。考えるよりも先に体が動いた。イヴを迎えに行った時と同じ。不思議な気持ち。
「俺と友達になってほしい。そんで、イヴの相手も頼まれてくれないか?」
「え、いいの?」
「頼む。イヴの性格はひどいんだ。君みたいに素直な人といれば、少しは改善するかもしれん」
でも口下手なせいか、冗談混じりの言葉しか届けられなかったけど。
「海さんは友達がいませんからね。うちに遊びに来て、たくさん仲良くしてあげてください」
「お姉ちゃん……うん! ありがと、二人とも」
嬉しそうに笑う男子生徒。なんという無邪気。それに引き替えイヴの減らず口ったら。
授業開始のチャイムが鳴った。詳しい話は後か。教室に戻ろう。男子生徒も走り出す。
「あの、1年C組の鈴木セラです! これからよろしくお願いします」
去り際に頭を下げる男子生徒。階段を降りて教室に戻っていった。
セラ君か。いい友達になれそうだ。久しぶりの良い出会いだからか胸が高鳴っていた。
「なんか、優しい人でしたねえ。海さんも見習うべきじゃないですか?」
「お前こそな」
人間と同じように、アンドロイドの性格にもいろんな色がある。