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5.雪のあとで迎えに行きます

(こいつが来てから一週間近くか……そりゃ限界間近にもなるよな)


 借りてきたDVDを観ているイヴの後頭部を眺めながら考えた。

 こいつの性格を言ってるんじゃない。俺は男子高校生で十七歳。健全な性欲も持っているわけで。


「はあああ……」

「あれ? ため息なんて哲学的ですねえ。悩みなら聞いてあげなくもないですよ」

「い、いやいいんだ。なんでもねえよ」


 お前が原因だよとは言えなかった。同居を許可したのは俺だから。

 イヴがいるから例の発散ができない。隠れてやるのもありだが出来れば最良の環境がほしい。


「いいから話してください。わたしのデータで解決できるかもしれませんし」

「だ、だから平気だっての! つか近寄んじゃねーよテレビ見てろよ!」

「はあ」


 四つんばいのまま接近してくるイヴ。俺を見つめる表情が自然と上目づかいになっていた。

 いかん。このままではイヴに欲情しかねん。アンドロイドに劣情を向けるようなら末期だ。


「なんか、変ですねえ。いつもの海さんなら、世の中に希望なんてねぇぜみたいな態度なのに」

「そんな生き方をした覚えはないぞ」

「ははあ、もしかして痔ですか? 実は必死に痛みをこらえているとか。くぅー泣けますねえ」

「ぜんぜん違うが」


 我慢してるという点は当たらずとも遠からず。


「わたしたちが故障するように、人も病気になります。もし海さんがいなくなったら、わたしは」

「……イヴ」

「だらだらできなくなってしまいます。せっかく最高のサボり環境を見付けたというのに」

「お前の都合かよ!」


 嘘でも心配しろよ。じんわり来て損したわ。


「あっ、あぁー」

「ど、どうしたよ」


 何かに気付いた様子のイヴ。まずい。俺の脳内異常を悟られたか。


「映画が終わってしまいました。まあ微妙な内容でしたけどね」

「そ、そうか。二度は観なくていいかもな」


 あぶねえバレてない。アンドロイドとはいえ相手は少女。なるべくならカッコつけていたい。

 と、ここで最大のチャンスが訪れた。見終えたDVDをケースに戻したイヴがこう言った。


「これは即返却ですね。よかったら海さんも一緒に行きませんか?」

「そ、そうか返すのか! 早い方がいいもんな! 寒いから俺はいいわ!」

「冬ですもんね。それでは海さんに留守番の任務を命じます」

「あぁ任された!」


 喜んで引き受ける。やった好機だ。有言即実行タイプで助かった。

 玄関の外に出てイヴを見送る。だいぶ離れたのを確認して扉を閉めた。がちゃっと鍵もかけて。


「……さあてと」


 そこからの行動は早かった。道具の準備を終えて気分を高める。まずは精神統一が大切です。

 イヴが家を出てから十分が過ぎた。いよいよ始めようという寸前、窓の外の変化に気付いた。

 雪が降っている。さりげなく初雪。しかもけっこう本格的に白景色。


(こんな時にかよ)


 初雪の感慨よりも、考えたのはイヴのこと。あいつは傘を持ってなかった。だとしたら今ごろ。

 ひょっとしたら、アンドロイドは寒さを感じないかもしれない。たぶん防水仕様だろう。だけど俺が選びたい行動は。


「……仕方ねえな」


 道具を片付けて玄関に向かう。二人分の傘をつかんで扉を開けた。

 吹き込む寒気に反射的な身震い。落ちる無数の雪のつぶ。防寒着を持てばと後悔した。

 傘も差さずに店までの道を走る。時間と共に積もり続けて、街はゆるやかに白に埋められて。


(どこにいやがる)


 店にいるとは限らない。辺りを見回しながら走り続けた。もう何分が過ぎただろうか。

 公園のベンチでイヴを見付けた。よかった。息を整える。声をかける前に傘を差してから。


「イヴ」

「え、あれっなにしてるんですか? 任務放棄はいけませんよ」


 自然を装い歩み寄る。屋根の下にいるイヴのメイド服姿は、雪模様の鮮やかさに映えていた。


「ちょっと運動したくてな。任務のために体を鍛えてたんだ」

「引きこもりさんですもんね。ところでその素敵な傘はなんですか?」

「護身用の武器だ」

「あー」


 納得したのかよ。本当は迎えに来たのに、イヴを前にしたら何故か本音が言えなかった。

 なぜこんな真似が出来たんだろう。俺は優しいやつじゃないのに。他人と関わるなんて面倒なだけのはずなのに。


「貸してやる。雪は強いから装備するといい」

「いえいえ、せっかくですが遠慮しておきます」


 立ち上がるイヴ。なんのためらいもなく、すっと傘の下に入ってきた。


「こっちの方が楽ちんですから。せまいのが弱点ですけどね」

「そうかもな」

「ふふ、海さんだけ雪まみれです。こうすると、あたたかくなるんですよ」

「ん……ほんとだな」


 イヴが俺の手にふれる。空気が冷たいせいか、イヴの体温を近くに感じることができた。

 その想いが嬉しくて、ばれないようにそっとイヴの方に傘を寄せた。

 一人で走り抜けた道を、今度は二人で帰る。無機質だった雪の街が、さっきより暖かく見えた。


「ところで痔は大丈夫だったんですか?」

「お前は誤解してる」


 うちのアンドロイドは、肝心なところでロマンチックとは程遠い。


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