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44.つい胸の内を君に告げて

「はああ、食べたいものがこんなにも。あっちもこっちもおいしそうで」

「へんなもん選ぶなよ。あくまで買い出しだ」

「いえっさー」


 日没後で混んでいるデパート。荷物持ちをさせるためにイヴも買い物に連れてきた。

 基本的に二人での買い出しは時間がかかる。だけどその分、会話の機会が増えるから楽しかった。


「海さん。この一パック三千円の牛肉とかっておいしそうじゃないですか?」

「高っ! なにその未知との遭遇。破産するわ」

「じゃあ、こっちの鶏もも肉なんかどうですか? 照り焼きにしたら、ほくほくで幸せです」

「よし買った」


 イヴが指差したのは特売の商品。俺のデータによるとお買い得な値段だ。

 うちの冷凍庫も小さい。安いからと買いすぎればプリンの二の舞になる。

 鶏肉を適量カゴに入れていく。そんな最中、ふと遠くの特設コーナーが目に止まった。


(ホワイトデーか)


 イヴは手編みの赤いマフラーを俺にくれた。今も身に付けている。ありがたくてあたたかい。

 お返しは考えてたけど、俺に手先の器用さは皆無。ゆえに手作りプレゼントの作成失敗は確実。


「イヴ。すまんけど、これ持って会計してきてくれるか? ちょっとトイレに行きたくてな」

「わあっ五千円ですか。ありがたくいただきます」

「やらんぞ! 細かいのがないだけだ! あと、なんか甘いものも買ってよし」

「きたぁー」


 カゴをイヴに渡す。女の子には重いかなと一瞬思ったけど、力持ちアンドロイドだから平気だな。

 イヴから離れて、そそくさと特設コーナーに入る。まさかこのエリアに縁がある日が来るとは思わなかった。


(クッキー、帽子、ペンダントに観葉植物……なんだこれ、ひかりしょくばい? 枯れない観葉植物? えっなにゆえ?)


 そして困惑の領域だった。これは確実に迷わせに来ている。しぼり込まねばなるまい。


(イヴの好きなもの……抹茶プリンだろ。それからえっと、抹茶ケーキ? あとはそうだ、抹茶ようかんに抹茶パンだ)


 さっきから抹茶ばかり。抹茶チョコも売っているが、伸ばした手を止めて考え直した。

 俺は手作りマフラーをもらったのに、果たして店売りの品をあげるだけでいいのか。失敗覚悟で手作りをするべきか。


(や、いっそ抹茶そのものをあげたらいいんじゃねえかな)


 原点回帰的な。お茶っ葉のコーナーに移動する。ここも初めて立ち寄ったけど、なるほど今は色んな種類があってこま、


「海さぁん!」

「うわああ!?」


 大きな声に振り返る。イヴがいた。心の底からびっくりした。


「な、なんだよおどかすなよ。つか会計終わったのかよ素早いな」

「いやあ。ところでなにしてたんですか? 真剣な横顔でしたけど」

「べ、別にいいだろ。うろうろしてただけだ」


 よかった。気付かれてない。当日まで隠したい。

 デパートを後にする。冬の名残の暗い夜。街灯の明かりがあるからこそ普通に歩ける。


「つうかさ」

「はい」

「買いすぎだろ。またプリン買いだめしたんじゃないだろうな」


 イヴが両手に持つのは大きな袋。膨らみすぎて筋力トレーニングみたいになってる。


「いえいえそれが、なんとすべて鶏肉なんです。お買い得なんですよね?」

「絶対わざとだろ! また紳士さんにおすそ分けルートだわ!」


 嫌な予感が現実に。いくら冷凍するとはいえ痛んでしまう。


「一体どういう計算でこんなに買ったんだ?」

「それはもちろん、わたしと海さんで食べるんです。これくらい、二ヶ月もあれば簡単に――あ」


 ふと言葉を詰まらせるイヴ。俺も同時に、イヴの描いていた未来に気付いてしまった。

 イヴがいなくなるまで、あと二週間もない。でもイヴは二ヶ月後も俺と暮らしているつもりで。


「――すみません」

「……謝るなよ。重かっただろ。ありがとうな」


 イヴの袋を片方だけ持つ。並んで歩く帰宅道。目的地は同じなのに、それぞれ別の場所に向かっているような感覚。

 いつもみたいに、軽口をはさみたかったのに。閉じられた雰囲気がそれを許してくれない。


「イヴさ」


 呼べたのは恋人の名前。暗がりの中で繋がる声。


「いつか言ってたよな。俺がさみしそうにしてないから、安心したって」

「言い、ましたね」

「……さみしいさ」


 男なのに弱い言葉。だけど俺の本音。

 袋を持ち変えて、そっとイヴの手をにぎる。人間と同じ。冬のせいで少し冷たくなっていた体温。


「離れたくない。でも必要な別れだ。だから俺は、弱音をはくのは今夜で最後にする」


 一度くらい弱気になってもいいはずだ。今は頼りなくても、いつか大人になるために。


「ひとりになって、自分の行きたいところを考える期間。そう思えば、少しは気持ちも紛れるよな」

「そう、ですね」

「……なんだろうな。この歳でもさ、生きてるといろいろあるんだな」

「はい。わたしも同じふうに感じます。いろいろ、ありました」


 イヴは小さく笑った。安心するように。現実を受け入れるように。

 ときどき疲れることもある。いろいろめんどくさいなあなんて、足を止めたくなることもある。

 でも現実を捨てたくない。いいこともたくさんある。迷いながらでもいい。いろんな景色を、自分の頭で見てみたいから。


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