43.雷の数分間に垣間見たもの
「えらい雨だな」
「引きこもりなわたしたちには無関係ですね」
気温が低くない日は冬の雨と出会える。それを実感させてくれる空の機嫌だった。
打ち付ける音が外出意欲を削ぐ午後五時。早く帰宅したのは正解らしい。
「雷まで鳴ってるし……ってなにしてる」
「え、充電ですけど」
まさに後頭部のコンセントを差し込もうとしてるイヴ。なにその俺がおかしいみたいな表情。
「いや今は危険だろ。もし落雷でも受けたらどうすんだよ」
「ふふふ、その点は心配無用です。安全機能があるので万が一にも壊れたりはしません」
「そういうもんか?」
「そういうもんです」
イヴが言うなら安心、なのだろうか。疑問の間にもコンセントを差し込んでしまうイヴ。
途端に部屋の電気が落ちた。遅れて身をすくめる轟音。近所に雷が落ちたらしかった。
「っ、イヴ?」
無音。悪い予感。手探りで居場所を探す。ぱちりと明かりが元に戻る。
イヴが仰向けで倒れていた。後頭部から白煙が上がっていなければ、まるで眠るような姿なのに。
「お、おいイヴ!? 嘘だろ、だから充電なんかやめろって……!」
差さったままのコードを引き抜こうとする。ところが全力でもだめだった。
しびれた手を離す。イヴの体から聞こえたのは電子音。直後、しなるムチのような勢いでコードが自動的にすっぽ抜けた。
「あ痛っ!」
先端の固いところが俺のひたいに直撃した。かなりいたい。助けようと頑張ったのに。
鈍痛でうずくまっているとイヴが起き上がった。よかった。本当に安全機能が働いてくれたんだ。
「お、おおイヴ、無事だったか。まあ心配してたわけじゃないんだが、なにごともなくてよかった、な……?」
ぼんやりと俺を見つめるイヴ。ふたつの瞳が赤く妖しい光を放つ。
まずい。この色は俺が冗談で殺されかけた時に見た赤。悪記憶のせいか体が防御反応を取った。
「――海さん」
「な、なんだよ」
ほぼ同時に立ち上がる。じりじりと迫るイヴ。後ずさりする俺。
イヴが踏み込んで突進してきた。後ろは壁だから逃げられない。トラウマで盛大にビビる俺。
「うわああ!! え?」
「海さんー」
悲鳴をあげたのも束の間、イヴは俺に優しく抱きついてきた。なんだ何が起きた。あったかい。
「はああ、海さんが好きで好きでたまりません。こうしてるだけで、わたしはすごく幸せで」
「い、いやその」
「海さんも、わたしのこと好きなんですよねー」
「ど、どうした、一体」
俺の顔を間近で見つめてくるイヴ。首を傾かせるだけでキスができそうなほどの距離。
様子がおかしい。どこか熱に浮かされたような表情で。積極的すぎて俺だけがどぎまぎしてて。
「つ、つうか答えられるわけないだろ。イヴの体調が心配なんだから」
「じゃ嫌いなんですか?」
「そ、そうは言ってねえよ。まあ好きだけどさ」
流されて本音を伝えてしまった。面と向かって答えるのは案外恥ずかしい。
イヴは落雷のせいでド真ん中ストレート発言になっている。そう結論付けておいた。
「待ってろ。いま紳士さんに電話して、イヴの症状を伝えなきゃならな」
「それーーっ」
「わー!? ぶへっ」
離れて歩き出した矢先、イヴが俺の両足を両手でつかんだ。俺は見事に顔面から転ばされた。
体をひねって起き上がるより早く、イヴが俺の腹に馬乗りになる。まずい。かなりピンチ。この姿勢はいろんな意味で。
「いつか、わたしに聞きましたよね。イヴはえっちな行為ができる体をしてるのかーって」
「う、き、聞いたな」
「これから、たしかめてみますか?」
「な、ななな」
甘い問いかけ。きつい。これは十七歳には拷問に等しい。うわああもうあかん是非お願いします、ってなりかけた精神を抑えて。
「聞いてくれ。イヴと一緒にいるのはそれが目的じゃないんだ。だから俺の服を脱がそうとするなー!」
「いいんですよぅ? 今日だけは素直になっても」
「だからマジだってー! うおおこうなったら!」
腹筋パワーで起き上がる。逆にイヴを押し倒してやった。四つんばいでイヴの瞳を見つめる。
「……最初くらいは、お互い自然な形でやりたいんだ。こんなことしてくれなくても、イヴは俺の大切な人だよ」
「大切な、ひと」
「雷を受けたんだ。紳士さんに電話しよう。もし壊れてたら大変だろ?」
「でも、やっぱりそれだとわたしの気持ち――が」
(ん?)
ふいにイヴの動きが止まった。ぽやっとした表情を見せたと思いきや、赤く染まっていた瞳が黒色に戻っていく。
はっきり視線が重なる。いつも出会っている表情だった。と思いきやイヴの目が急に泳ぎ出して、
「イヴ?」
「あ、あああ」
くるん。イヴがその場で回転して横を向いた。顔が赤い。どうやら恥ずかしがっているらしい。
「ううう、わたしはなんてはしたないことを。どうしてこう、秘密の本音を、べらべらと」
「……本音だったのか」
さっきの自身の積極性を悔いている。まあ俺は嬉しかったんだけど。
二人きりの時だけ見れるイヴの表情。ひとりじめしたかった。奥ゆかしい思い出として。
「大丈夫だイヴ。俺だけの秘密にしておくから。プリンでも食わないか?」
「こんな時に、抹茶プリンなんて。――ふたついっぺんに食べていいんですか」
「ああいいぞ」
抹茶の誘惑に負けるイヴ。よかった機嫌を治してくれた。俺が知ってるイヴの『こころ』の処方せん。
雨には、夜明けまで頑張ってほしかった。イヴに寄り添うための自然な理由ができるから。




