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4.たまにはひまな日があっても

「なあ。暇してるんなら、たまには手伝ってくれないか?」

「それはわたしに言ってるんでしょうか?」


 夜の居間。首だけを俺の方に向けてめんどそうにイヴが答えた。

 ただいま洗濯物たたみ中。イヴはストーブの火を見つめながら座ってる。協力の意思すら感じない。


「他に誰がいるんだ。いいからはよ手を貸せ」

「いやあ、せっかくの誘いですけど、ストーブの燃焼を見守る仕事の途中なんですよね」

「さぼってるだけだろ! ほんと口は達者だな」


 怒りながらも手は止めず。真面目にかまってたら夜が深まってしまう。

 イヴが来てから数日。気付いたことがある。こいつのメイド服姿は単なる飾りであると。


「だってわたしの服はありませんから。洗濯物を畳める男の人って素敵ですよねえ。きゃー」

「ついにお世辞か」


 ほとんど無表情のまま言うイヴ。あしらわれてるのは明白だった。

 イヴが来て増えた負担は特にない。食事も睡眠も気分で取るみたいだから。つまりあんまり言い返せなかった。


(バッテリー切れとかないんだろうか)


 疑問を抱えながら服をたたみ終えた。ちらっと時計を見る。風呂の時間。


「あっお風呂ですね。背中でも流しましょうか?」

「いらねーよ。皮膚ごと削られそうだわ。テレビでも見ててくれ」

「さようですかー」


 アンドロイドの腕力は信用できん。気持ちはありがたいけど、いこいの時間は一人に限る。


「じゃあついでに充電させてもらえますか?」

「充電? なにを」

「これです」


 自らの後頭部を指差すイヴ。ポニーテールみたいに、しゅるりと勢いよくコードが伸びてきた。


「うわなんか出た!?」

「そろそろためたいなと思いまして。実はちょっと我慢してました」


 コードを持ってくるくる回す仕草。よく見れば先端がプラグ状になっている。コンセントに差し込めるようだ。


「そ、そうか。遠慮なくプラグインしてくれ」

「ありがとうございます。フルチャージしますね」


 イヴに関する疑問がひとつ解消できた。仕切り直して風呂に向かう。

 寒い廊下を抜ける。脱衣からの体洗い。あたたかいうちに湯船に肩までつかった。


(アンドロイド、か)


 あらためて考える。いつの間にか、イヴの存在に慣れ始めた自分がいた。

 たしかに性格はアレだけど良い所もある。勝手に家の中はいじらないし、いろんなことをはっきり口に出して伝えてくれる。


(素直とは違うけどな)


 直球すぎて時々うんざりだけど、にぎやかになった。俺も少しは参考にするべきだろうか。

 などと心の中で褒めていたら、いきなり浴室が暗闇に包まれた。


「!?」


 ちょっと動揺。いたずらにしては気配がない。考えられる理由はひとつ。風呂の扉を開けて叫んだ。


「なんか停電したぞ! 犯人はどこにいるー!」

「あーわたしのせいみたいですねえ。充電を加減してみますのでー」

「頼むぜマジで!」


 やはり原因はイヴだった。扉を閉める。まあ初充電だし大目に見るか。

 電気の点灯消灯を繰り返すこと二十回ほど。結果的に長風呂になった。目がチカチカする。


(いかん……意識が)


 頭もくらくら。人のせいにするのもあれだが、完全にイヴのせいだった。

 居間に戻る。イヴの視線を無視してベランダの戸を開けた。冬夜の風が体を冷ましてくれた。


「のぼせたんですね。どうしてまた長風呂なんかしたんですか?」

「誰のせいだ誰の」


 なんというわざとらしい質問。充電中止令を出すべきだったか。

 立ち上がったイヴが背後に来る気配。また何かするつもりなのか。警戒しながら振り返る。


「飲みましょうか」


 小さく微笑みながら差し出されたのは、缶に入った飲み物。


「ん、わざわざ買ってきてくれたのか?」

「まあ、わたしのおごりってやつです。充電させてもらったので」

「……ありがとな」

「いえいえ」


 隣に座るイヴ。こんな手で攻めてくるとは。きちんと二人分ある。

 月も星も隠れた夜。一人で向かうだけだった黒。だけど今夜からは、隣に優しい人がいる。


「明るい夜ですね」

「そうか?」

「とてもはっきり見えますよ。海さんが、照らしてくれるからです」

「……イヴ」

「なんちゃって」


 おちゃらけて話すイヴ。これが冗談なのか本気なのか、残念だけど今は分からなかった。

 けど一つだけ確かなのは、これから知る機会があること。一緒の時間が用意されていること。


「あっ飲み物です」

「ああ。ありがとな」


 和やかに受け取る。缶が熱い。何をくれたんだろう。やにわにラベルを確認する。

 あつあつおしるこ。のどが渇いてるのに。風呂上がりで飲むのは難易度が高かった。


「いやあ、冬はおしるこに限りますよねえ。甘くておいしくて、あれ? どうしたんですか?」

「……何も言うまい」


 イヴは人間とは違うけど、だからこそ面白い。


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