39.与えるものと受けとるもの
「速達便でーす」
「おや、これはこれは」
イヴの声で玄関を開けてくれた紳士さん。おだやかな笑顔。手に持っていた袋を差し出す。
「プリンのおすそわけです。わたしは反対したんですけど、海さんがやたらにしつこくて」
「うちは冷蔵庫が小さいんだ。だいたい買いすぎなんだよ金返せ」
「わー聞こえませんー」
耳をふさぐイヴ。プリン詰め合わせ袋を受け取ってくれた紳士さん。
「わざわざ申し訳ない。よければ上がっていきませんかな?」
「いいですねえ。あったかい抹茶と抹茶まんじゅうがあるのなら」
「それはもちろん」
(イヴは遠慮ねえな)
紳士さん相手だからか図々しい。でもおかげですんなり家に上がることができた。
お邪魔するのは二度目。しかし以前と違うのは、部屋の中が整理整頓されていること。
(あれ?)
それから、居間で留守番してた茶毛の小犬がいること。前回は見かけなかったのに。
俺を見上げる子犬。もふもふ愛らしい顔と対面した数秒後、やんわり正体に気付かされた。
「もしかして……このわんこもアンドロイドですか?」
イヴのように赤く光る目。俺が知る特徴の一つ。
「ばれましたな。彼は試作として生まれました。本来なら、人と共に暮らすことはなかったのですが」
紳士さんに寄る子犬。優しく抱っこされる。
「それでも彼は生きている。我々が勝手に、命の定義を決めていいはずがない。私はそんなふうに考えております」
「そう……ですね。俺もそう思います」
「ふふ、自分語りが過ぎましたな。すぐに抹茶をお持ちいたします」
子犬を床に立たせると、紳士さんは台所に向かった。俺とイヴは居間で待つことにした。
イヴをじっと見つめている子犬。イヴも子犬に手をふっている。気が合いそうな二人。
「よかったですね。ひとりじゃなくなって」
「わんっ」
イヴに抱きあげられる子犬。まるで言葉を分かってるみたいにかわいらしく鳴いた。
子犬が頬をなめる。くすぐったそうなイヴ。その様子は見ていてとてもほほえましい。
「大丈夫ですよ。あなたにも『こころ』がありますから。みんなと違うからなんて、悩む必要なんかないんです」
「わおん?」
「あはは、難しいお話でしたね。どうか、自分の命を生きてくださいね」
イヴは親身に語りかけていた。もう子犬は、単なる一体のアンドロイドじゃなくなった。
「よければ、名前を決めていただけませんかな」
人数分の抹茶を運んできてくれた紳士さんが言う。置くと再び台所に向かった。
「名前ですか。なにか希望はありますか?」
「くうん」
「特になしですね。じゃあわたしが代わりに」
意思を通わせながら考えるイヴ。抹茶からの湯気をじっと見つめる。
俺も腰をおろす。まんじゅうを持つ紳士さんが居間に戻ってきた。
「決めました」
待ちかねたようにイヴが言う。大丈夫だろうか。変な名前を与えたりしないだろうか。
「ゼロ君でどうでしょうか? 彼はからっぽのアンドロイドなので」
(いや、どうもこうも)
そらいかんだろ。訂正しようと考えた。だけどイヴのおだやかな声は続いた。
「からっぽだから、頑張りすぎずに生きられるように。いろんなことに感動して、たくさん笑って。ゼロの自分を愛してほしいって思うんです」
「うむ、いい名ですな。どういたしますか?」
「わんっ!」
ああ、と思う。俺はイヴのこういうところが好きなんだなと。
普段はふざけているのに、誰かのために優しくなれて。イヴ自身は、それを特別な行為とはとらえてなくて。
「お待たせしましたな。どうぞ召し上がり下さい」
「わあっなんておいしそうな。これは確実に一級品ですねいただきます、ひょいぱく」
「切り替え早いな」
抹茶まんじゅうを頬張るイヴ。この自由な性格にもずいぶん慣れた。
でも、楽しい日もいずれはついえる。もごもごと飲み込んだイヴが尋ねた。
「ところで紳士さん。わたしが街を出る日は決まりましたか?」
「奇遇ですな。実はもう決定しています。……お教えいたしますか?」
「はい。いつかは知らなきゃだめなので」
今の場面が丁度よかった。早いほど心の準備は整えやすいから。
イヴの姿勢に紳士さんは期限を伝える。二人で過ごせる、最後になるかもしれない日を。
「三月十四日。車で迎えにまいります。どうか、やり残したことがございませんように」
(三月……十四日)
イヴと一緒に三年生は迎えられない。新学期からは、またひとりぼっちの登下校坂。
「約三週間、ですか」
「そうですな。海どのにも、この度はいろいろご迷惑を……いや、失礼。早い言葉でしたな」
訂正してくれた紳士さん。三週間あればいろいろ叶えられる。
遠いと思っていた現実の瀬が近い。出会いと別れは対の存在だけど、それでも心は複雑で。
「ふふ、三週間もあれば平気ですよね。というわけで海さん、さっそく別れの抹茶プリンを買いに行きましょう」
「いや意味分からんって! もう冷蔵庫きつきつなんだから無理だ!」
「えー」
イヴも俺も、わざと言葉を明るく飾る。さみしさをごまかすために。
つかの間だけでも強くなろう。くず折れるのは後でもいい。イヴが旅立つ後ろ姿を、まっすぐな目で送りたいから。




