37.だめになる前にたしかめて
「あったまるね」
「そうだな。友達の醍醐味というやつか」
セラ君が泊まりに来てくれた。夜風呂で裸の付き合いの真っ最中。
一人の解放感もいいけど、並んで入浴の雑談も乙なもの。いろんな会話に触れられるし。
「ね、イヴお姉ちゃんとはどんな感じ?」
「ぼちぼち仲良しだ。セラ君こそ、友香との関係はどうなんだ?」
「すごく楽しいよ。頭突きとかがなくなったら、もっと嬉しいかな」
「ああ……わざとじゃないのが厄介だよな」
しみじみ語られる。俺が知るだけでも三回は被害を受けてる。氷山の一角なんだろう。
「でも、今のままでもいいかも。友香さんと一緒にいると、なんだかそわそわするし」
「恋してるのか」
「っ、や、やっぱりそうなのかな。好きなんじゃないかなって、自分でも思ってたんだ」
(かわいいな)
セラ君は赤面していた。純真な反応。マスコット的に抱きしめたい。
「ねえ、海くん」
「なんだ?」
ふっと真面目な表情を見せるセラ君。
「イヴお姉ちゃんと二人きりでいる時って」
「ん」
「その、えっちな気持ちになることとかある?」
「ん!?」
正直びっくりした。セラ君も青春男子なのか。いや待て真意を確認するのが先だ。
「ど、どうしてだ?」
「えと、前に友香さんに抱きしめられそうだったんだけどね。その時に、すごくどきどきして」
「ほ、ほう」
「もしかしたら、僕の故障なのかなって。海くんも同じだったら、安心できるんだけど」
「……あー」
よかった。素直ゆえの質問か。照らし合わせを手伝おう。
「ああ、たまにあるよ。たぶん自然だ。今はキス止まりだけどな」
「そっか。童貞なんだね。僕とおんなじだ」
「あ……うん」
しまった。自滅した。イヴ以外から言われる日が来るとは。少し落ち込んだ。
「あれ? じゃあ海くんって、いつもどうやって発散してるの?」
「え、続くのか!?」
話題は終わりじゃないのかよ。また答えにくい問いを。ええいもうどうにでもなれ。
「前までは、ひとりでしてたんだけどさ。イヴが来てからは、まったくそれ系は遠慮してる」
「うそ、えっと待ってね、三ヶ月も!?」
「ああ。年頃にしちゃすごいだろ」
驚いてくれた。ひそかな俺の自慢だから。僧侶みたいな禁欲生活。
「でも、気を付けてね。あんまり我慢すると、使い物にならなくなるかもしれないから」
「え、まじで?」
「本で読んだよ。前立腺がんになりやすい可能性もあるって」
「……うわー」
股がひゅってした。なんだよ怖えよ。一セットしかないってのに。
先に風呂から上がる。不能は本気で困る。セラ君いわく、大きくするだけで平気らしいけど。
(待て待て、こいつが反応したのっていつだ……?)
脱衣所の鏡。患部を確認しながら回想。まったく覚えがなかった。嫌な汗がつたう。
苦悩しながらバスタオルで体をふく。どういうわけか、廊下に繋がる扉がゆっくり開いた。
「あっ」
「なっ!」
のぞき犯はイヴだった。居間で漫画を読んでたはずなのに。素早く腰にタオルをまく。
「な、何だよ来んなよ! あっちいけよ!」
「いやあ、二人の裸が見たいなと思いまして。いいじゃないですか減らないんですしー」
「増えもしねえわ!」
言い合いながら思い出す。イヴはえっちなことが出来る。イヴ自身が話していた。
そうだ。いっそ正直に打ち明けて。恋人同士だし許されるはずで。
「なあイヴ」
「なんですか? のぞかせてくれるんですか?」
「いや、そのな」
「?」
正面に立つ。まっすぐ向かう黒い瞳。話すのがためらわれた。
「や、もしもだ。俺から大事な物が失われたら、イヴはどう思う?」
「え、質問の意味がいまいちよく」
「気にするな。考えた通りに答えてほしい」
「はあ」
かすかに黙するイヴ。思慮は早かった。
「そうですねえ。ひとつだけだったら、なんとも思わないです」
「そ、そうか?」
「はい。海さんよりもわたしの方が、海さんの素敵なところを知ってますから。えへん」
自慢げな様子。忘れていた。俺だってイヴよりも、イヴのいいところを理解してる。
「……そうだよな。すまんな。くだらん質問で」
「役に立てましたか? じゃあお礼にお風呂のぞき権をわたしに」
「いやそれはだめだ」
やめておいてよかった。イヴがそう感じてくれるなら、このままでもいい。
「セラ君は見せないぞ。ありがとな。漫画を読みに戻っててくれ」
「つれませんねえ」
あきらめたのか、最初から冗談だったのか、素直に戻っていくイヴ。足音が遠くなる。
イヴが側にいてくれる。それだけで大丈夫。またひとつ教えられた。
(たくさんの大切なことがあるからな)
今はゆっくり時間を過ごそう。さらさらとこぼれる日常を、記憶に固めとどめるために。




