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36.君の歩調で流れる景色は

(今日も終わりだ)


 放課後の解放感は何度も歓迎したい。さっそく帰ろう。席に座るイヴの背中に話しかける。


「イヴ。帰ろうか」


 ところが無反応。寝てるんだろうか。軽く肩を叩いてみる。


「なあ、聞こえて……」


 ぱたり。力なく床に倒れるイヴ。いたずらとは違う雰囲気だった。


「な……お、おいどうした? 体調不良か?」

「海さん」


 慌てかけた俺を呼ぶイヴの声。ぱちりと開いた黒い瞳のおかげで、ひとまず安心できた。


「充電切れです。おんぶしてください」

「は、おんぶ?」

「そうです。さあさあ、ぼけっとしてないで帰りますよ。まったくのろまの亀さんですね」

「え、なんでちょっと偉そうなの?」


 動けないくせに強気だ。そういや最近は充電をさぼってたな。びっくりさせんなよ。

 しゃがんで背を向ける。よじよじと俺におぶさるイヴ。背負う体勢が出来上がった。


「っよいしょ」

「おー、これは案外いいものです」

「いやまあ、俺としてもいいもんだが、これは」


 おんぶ完成。周りからの視線が集まる。恥ずかしいので足早に下駄箱まで向かった。


「……だめだ。注目されると死にそうだ」

「いいじゃないですか。みんなに見せつけましょう。わーわー」

「だまってろぉ!」


 騒ぐ策士を叱りながら靴をはく。イヴの靴も持ってと。世話の焼けるやつめ。

 外に出る。吹いてきたのは冷たい風。だけどイヴのおかげであったかい。防寒着いらず。


「そういえば、わたしたちのかばんを忘れてきましたね」

「や、置いてきた。イヴの方が大事だからな」

「きゃっ。名言いただきました。昔の海さんなら言えないことですね」

「まあな」


 はしゃぐイヴ。それきりおとなしくなった。イヴの髪が首筋をくすぐる。

 凪のようにゆるやかな歩調。遠かった風景が近くなり、そしてまた遠くに離れていく。


「イヴ」


 流れていく大気と、遥かに向かう空の雲。時刻表も持たず、みんな不安じゃないんだろうか。


「俺は、大丈夫だから」


 余計な心配をかけたくなかった。イヴには自分の景色を見てほしいから。


「イヴのことは大切だけど、イヴの存在に寄りかかったりはしない。立派に歩いてみせる」

「――海さん」

「だから平気だ。なんて、別れを伝えるのは早かったかもしれないな」

「ふふ、ですね。早とちりのうさぎさんです」


 これは誰のための言葉なんだろう。疑問は風になぜられ消えていく。

 静寂が居座る。歩くたびに、固い地面に靴の裏が削られていく。


「ほっとしました」

「ん?」

「わたしがいなくなると知ったら、海さんは泣いちゃうと思ってたので。意外と平気なんですね」

(……平気、か)


 平気なはずがなかった。わざと深く考えないようにしてるだけ。

 それなりに別れも経験した。今回も数あるうちのひとつ。いくつ理屈を連ねれば、俺の心はむずがるのをやめるのか。


「当たり前だろ。イヴの方こそ、涙を流すなら今のうちだぞ」

「あはは、まさか。アンドロイドはそう簡単には泣きませんよ」

「みたいだな」


 強がってみせた。これが後押しになるのなら。このまま明るい雰囲気で歩けるはずだった。


「でも――実はわたしは、ちょっとだけさみしかったりします」


 イヴの腕が、俺の体に回される。近くに感じるのは生きている体温。

 なんでも素直に言う人。いつもはむかつくだけなのに、今回ばかりは感情があふれかけた。


「アンドロイドの破棄も止めたいし、海さんの側にもいたい。どっちも、わたしにしかできないことで」


 いずれ立つのは、戻ることの叶わない分かれ道。確約された結末。


「わたしは、どっち付かずの蝙蝠こうもりでしょうか」


 あせていく声。おんぶ状態でよかった。まともに顔を見ていたら、きっと言葉を閉じ込めてた。


「……よくばりなのも、たまにはいいんじゃないか。たくさんのものを抱えてた方が、しっかり地面に立てるだろ」

「でも、そのせいで両腕がふさがって、手を繋げなくなったとしたら」

「その時は、俺が半分かつぐよ。イヴさえ持たせてくれるなら」

「――はい。その時は、ぜひお願いします」


 背中越しでもイヴの表情は分かる。視神経に焼き付いている、記憶よりも明確な記憶。


「海さんって、本当に優しいですよね。キバのない狼みたいです」

「今日は会話にやたら動物が出るんだな」


 家まであと少し。気を付けて歩こう。つまづいて転ばないように。

 はらはらと、雪の贈り物が降り始める。まだ旅には早いから。そんな声が聞こえた気がした。


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