35.帰るところはここにあるから
「久しぶりですな」
「え、あれ?」
玄関を開けた先にいたのは紳士さん。本来の訪問予定者はどこに。
「おはよぉ海君☆ 元気してた? 歯みがきサボったりしてない?」
「なんだそこか」
いた。紳士さんの後ろから顔を覗かせてる。血の繋がりはないけど俺にとっては、
「ようこそ母さん。紳士さんも。部屋はあったかいから」
「ふふ、ありがと♪」
「お邪魔いたしますぞ」
正真正銘の母親だ。二人を招く。にぎやかな室内模様に変わった。
「あらイヴちゃんは?」
「出かけてる。俺の小遣いでプリンを買いに。そろそろ帰るな」
「太っ腹ねぇー」
「ああ、まぁ」
ご機嫌な母さん。イヴにたかられたのが真実なんだけど。三千円も持ってかれたし。
「じゃあ、私は外で待つことにいたしますかな。一服でもしながら」
紳士さんが立ち上がる。スーツの内ポケットから取り出したのは棒付き飴。
(タバコじゃないのか)
玄関先に出ていく。居間には俺と母さんだけ。あえて二人きりにしてくれたんだろうか。
「紳士ってば、今も禁煙してたのね。若い頃の約束だったんだけど♪」
「どうでもいいって」
「もー、優しい癖にいじわるなんだからぁ」
「いてっ」
肩を叩かれた。不思議と懐かしい気持ち。
今日は母さんが電話をくれた。改めて話したいことがあるからと。
「ごめんね海君。私たちに血の繋がりがないなんて言って」
「ん、やっぱりそのことか。びっくりしたけど今は落ち着いたよ」
内容は分かってた。心構えは済ませた。答えも探し当てておいた。
「ふふ、海は強いね」
母さんは真剣になると呼び捨てにする。俺が幼稚園の頃からの特徴。
「イヴとも元は他人だったんだ。だけど今は、俺にとっての大切な存在に変わってる」
「……海」
「始まり方なんて、どうでもいいと思うんだ。大事なものは、今からでも見付けられるよ」
まだまだ子供の癖にいっぱしの口。それでもたまには、子供が親を励ませる時もある。
「母親だって悩んでもいいはずだろ。まあ、母さんは明るい方が似合うけどさ。それに」
誰だって鉛を抱えてる。器用万能な人なんてどこにもいない。
「何歳になっても、俺は母さんの子供だから。忘れないでいてほしい」
「……ん、ありがとね。大きくなったね。もう海君だいすきぃ!」
「うぐぐ」
俺を思いきり抱きしめる母さん。しんみりした表情は、正面に戻る頃には消えてるだろう。
ともかくこの話は終わり。もうひとつ母さんに伝えたいことがある。
「……あとさ。すぐじゃないけど、イヴとは離ればなれになるんだ」
「え、どうして?」
俺から離れた母さんに説明する。イヴが選択した進行方向を。
「そっか。じゃあ、後悔しないように頑張らないとね。イヴちゃんに言葉は届けてあげた?」
「大丈夫だって。イヴとは毎日たくさん喋ってるし今さら、なにも」
「海君?」
声が詰まる。裏側に気付かされたから。
俺は以前より喋るようになった。本音を口に出してるし、何度もイヴに好きだと伝えてる。
でもそれは、あくまで俺自身のため。イヴの『こころ』を包み込もうとはしていなかった。
「……いや、俺の都合だよ。やり損ねてたことがあったなってさ」
「ふふ。大丈夫よ。海君は強いんだから。大事なものは、今からでも見付けられるでしょ♪」
「……ん。そうだよな。ありがとう」
いつも母さんはお見通し。だから素直に感謝をすることができた。
イヴのために何が出来るだろう。残された日を有意義に過ごすには。
がちゃ、ばたん。ばたばた。玄関が閉じる音と走る声。イヴと紳士さんが戻ってきたらしい。
「ただいま帰りましたー。海さんのおかげで無事に買えました。あっ明美さんこんにちはー」
「あらおかえりー☆ 寒かったでしょー」
この乱入で更に室内が慌ただしくなる。イヴは大きく膨らんだ袋を両手に抱えていた。
「なんだそのでかい袋」
「やですねえ、抹茶プリンですよ。みんなで食べたいなーと思いまして」
「えっこれ全部か!?」
驚愕。プリンは一つ百円ちょいだから拡張具合から計算すると。
「全額使いやがったな!」
「あはは、まさかあ。そこまで畜生なことはしませんよ。はいっ」
ちゃりん。イヴから手渡されたのは五十二円。なけなしのお釣り。
「…………いいや、もう。味わって食べてくれ」
「ありがとうございます。あれ、どうして涙を流してるんですか?」
「……泣いてねぇよ」
「よしよし」
「頭なでるなぁ!」
中古ゲームを買おうと日々節約してたのに。あんまりだ。鬼畜すぎる。
「仲がいいですな」
「そうねぇ」
満足げな紳士さんと母さん。二人の手前文句も言えなかった。
イヴはいつまで隣にいてくれるんだろう。残された日常は小さくなっている。
でも、このプリンを残しておけば、またイヴに会えるんじゃないかって。そうなったら面白いなって考えた。




