表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
34/50

34.いつか叶えたい約束のため

「はくしょーん! ……ちくしょう寒ぃ」

「あらら、風邪ですか? これで一勝一敗になりましたね」


 引き分けにされた。けど理由は昨日。イヴと友香の雑談終了を屋外で待ってたから。


「意義あり。原因はイヴたちにもある。ああいう会話は俺は気まずい」

「えー、わたしたちのせいっていう証拠があるんですかぁー? どう証明するんですぅー?」

「うわむかつく! その言い方むかつく!」


 変な話題で長時間盛り上がりやがって。家の中にいりゃ聞こえるし。

 でも、イヴを知る人が増えたのはありがたかった。それだけで孤独は姿をくらますから。


「まぁ、今日は休みなので寝ててください。看病してやらなくもないですよ?」

「ありがとよ。せっかくの休日にすまんな。映画とかに行きたいだろ」

「んー、でも海さんがいないと、いろいろ楽しくないですから」

「イヴ……そんなふうに俺のことを」


 じいんと心がふるえた。なんだかんだで深い思いやりが、


「自分でお金を出して観る映画なんて、もったいないですし。海さんのおごりじゃないと」

「財布代わりかよ!」


 あるかは微妙だった。かまってたら熱も出る。昼間だけど寝よう。

 イヴがタオルをしぼってきてくれた。前言撤回。イヴはいいやつだ。


「どうぞー」

「すまんね、むぐ」


 冷たくて苦しい。広がったタオルが顔全体にかけられたから。


「……死体扱いか?」

「正式には打覆い(うちおおい)と言いまして。もし生き返った時、息をしてるか判別するためのものなんですよ」

「いや生きてるから。死ぬ予定もないし」


 なかなかの不謹慎ジョークだから。自分でタオルをかけ直した。


「でもあと何回、こんなことが出来るんでしょうか。いつまでも、こうしていたいです」

「な、なんだよ急に。どうかしたのか?」


 不意にさまよう黒い瞳。すぐ分かった。思い迷う時だけ見せる感情。


「寝たままでいいので、聞いてもらえますか」

「ん……分かった」

「えと、たぶんわたしは、一緒に高校を卒業できないかもしれません」


 灰色の声。留年の知らせとは違う。雪の音が聞こえた気がした。


「わたしがいた会社の名前は覚えてますか?」

「アトラス、だろ」

「紳士さんは会社に、あることを頼み込んでいたんです。本当に必死で、ひたむきな姿でした」

「紳士さんは、なにを」


 上半身を起こす。タオルが布団に落ちた。ふたつの針が時間を刻む。


「もしわたしの『こころ』が、人間みたいになれたなら、アンドロイドの破棄について考えを改めてくれないか、と」


 イヴも破棄されようとしていた。人の心に寄り添うことができないと判断されたから。


「なくすとまではいかなくても、出来る限り減らしてほしい。アンドロイドも生きている。それが紳士さんの意思でした」


 だけど答えは誤りになった。紳士さんの生き方がイヴを変えた。


「海さんと一緒の冬、幸せでした。わたしにも『こころ』があるんだなって思えました」

「……ああ。イヴも俺も、いろいろ変わったよ」


 他者を傷付けていたイヴはもういない。冬の日常は本当に早かった。


「だから、その、わたしとしても、わたし以外のアンドロイドが死んでいくのは嫌なので」


 たくさんのものを届けてくれた。灯火の形を知ることができた。


「会社に行って、わたしの『こころ』を証明したいんです。すみません、急にこんなこと」

「……そっか。明日とかじゃないんだろ?」

「はい。もう少し先の話です。紳士さんが伝えに来てくれるまでは」


 だから俺も、イヴを支えたい。別れの結末が待つとしても、ぽんと背中を押してあげたい。


「また、会えるのか」

「今は、分かりません」

「……会えるといいな」

「――はい」


 大切な人を抱きしめる。このあたたかさが教えてくれたんだ。ひとりぼっちの無意味さを。

 変わることが怖かったのは昔の話。これからは踏み出せる。そっと腕の力をゆるめた。


「ふふ、風邪がうつりますからね。早く横になって治すべきですよ」

「そうだな」


 離れたイヴが浮かべたのは優しい微笑み。かすかな旅立ちの気配。


「イヴ。おやすみ」

「おやすみなさい。ありがとう、ございます」


 横になって目を閉じる。まぶたの裏景色もさみしくない。門を開けばイヴがいてくれる。

 冬の終わりなんてひとときの寂しさ。生きている限り、風景は変わり続けるから。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ