32.僕らはひそかに嘘を仕込む
「はあ、つ、疲れた……友香さんの体力って、どれくらいあるの」
「セラ君は頑張り屋さんですねえ」
「ほんとだよー。いつも私に付き合ってくれてありがとねっ」
日直を終えて校舎裏に行くと、息絶える寸前なセラ君がコンクリートの地面に倒れてた。
なぜなら友香式ジョギングの相棒だから。たぶんイヴは見物してるだけ。
「おつかれ」
「あっ海さん。じゃわたしたちは帰宅しますね」
「うんっまたね。よーしセラ君あと二十周行こ! うらあああ!」
「そ、そんなことしたら体がもたなうわあああ!」
友香に拉致られていくセラ君。吹奏楽部は意外と体力持ちらしい。
イヴと歩く。学校外に出るふりをして、俺たちが向かうのは校舎内。
「例の件はどうだ?」
「調査済みです」
真剣な表情。イヴは秘密の仕事を遂げた。
「友香さんたちは、まだ親密じゃないですね。でも仲良しで、セラ君が引っ張られています」
「なるほど。見たまんまってわけか」
「あと友香さんは、今日がバレンタインだと完全に忘れていました」
「うん、ドジだな」
内容はセラ君と友香の関係を確かめること。
二人は相性ぴったりのはずなのに何故か進展が止まってる。俺たちが望んでるのは後押し。
「なら次の作戦だ」
「ですねえ」
向かうは教室。セラ君が在席するクラス。
無人の教室内。セラ君の机を捕捉。きれいなラッピングを施した小箱を仕込み入れる。
「あとはわたしが」
さらにイヴがカードを添える。差出人は無記名。手書きのメッセージだけが書いてある。
セラ君いつもいろいろありがとうね、と。
「わたしたちって、お節介なんでしょうか?」
「かもな。けど、思いってのはいつも勝手なもんだと思うんだ」
「はい」
これはあくまで、俺たちのわがまま。余計なお世話と注意されてしまう行動だろう。
でも、きっかけを作るのは悪だろうか。俺が変われたのは、イヴが始まりをくれたおかげ。
「こんなもんだな。あとは明日を待とう」
「海さんおぬしもワルよのう、ですね」
「いやイヴの方こそ」
短い高校生活。いろんな経験。大人になったら、生きるための思い出になるはずだから。
星は省略の翌朝。早めに登校して教室の窓から外を監視する。
「セラ君が来たぞ」
「っしゃー」
時間通りだ。俺たちは教室に向かった。セラ君が席につく様子を隠密にうかがう。
かばんから出した教科書を机に入れるセラ君。中にひそむ小箱に気付いたみたいだ。
「え!? これって……うそ、もしかして」
かわいい反応のセラ君。しきりに周囲を気にしつつ、こっそり机下で小箱を確認してる。
バレンタインカードも読んでくれた。イヴが精巧に捏造した、友香からのメッセージに見える文章を。
「……友香さん。わざわざ僕のために」
(よし、勘違いした)
思惑通りだった。立ち上がるセラ君。お礼を伝えに行くのか。俺たちも尾行する。
セラ君が来たのは音楽室。楽器の調整をしていたのは、ややびっくりした様子の友香。
「わっセラ君、こんな朝からどーしたの?」
「えっと、友香さんにお礼を言っておきたくて」
「え、何かしたっけ」
疑問符な友香。そりゃそうだ。毎日セラ君を走らせた挙句たまに打撃事故してんだから。
「僕、ずっと友達がいなかったんだ。どうしてもクラスに馴染めなくて」
「そうなの? 優しくて素直なのにねっ」
「みんなのおかげなんだ。海くんもイヴお姉ちゃんも、もちろん好きなんだけど」
「うん?」
「その、友香さんへの好きは、ちょっとだけ特別。いつも僕を誘ってくれて、本当にありがとうね」
でもセラ君は、その自由に感謝していた。胸の隙間にぴったりはまる思いやりの形。
「ふふ、よかった。喜んでくれてたんだ」
「うん。……最近のジョギングはハードだけど」
「やっぱり? じゃあ、授業中に眠くならないようにしないとね」
「え」
楽器を置く友香。席を立つと静かにセラ君に近付いていく。あたふた戸惑うのはセラ君。
「と……友香さん」
「知ってる? 誰かの体にふれると、心と体の疲れが取れるんだって」
「そ、そうなんだ」
「だからね、二人でぎゅっとすればいいんじゃないかなって。ほら、どうせ誰もいないから」
見つめ合う二人。普通と反対の身長差。友香が両手を広げる。まっすぐ立つセラ君。
「いいかな?」
「う、うん」
「ありがと。私も初めてだから、あんまりうまくないかもだけど、あっ」
がっ。平らな床なのに友香はつまづいた。ハンマーみたいに倒れる。
ずどぉ。友香の頭突きがセラ君の脳天直撃。ジャンルが青春からバイオレンスに変わった。
「う、ううう、久しぶりだけど慣れない……」
「きゃああセラ君ー!? ど、どうしようまたやっちゃった! そうだっ保健室ー!」
気絶間近なセラ君をかかえて、友香は音楽室から飛び出た。扉の陰の俺たちにも気付かず。
「まあ、こうなるんじゃないかとは思ってた」
「はい。わたしもです」
いつかと似た光景だった。セラ君も大変な人を好きになったな。
はたから見れば妙な二人なんだろう。でもこれでいい。気持ちの成長は、ゆっくりひかえめに。




