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31.ごめんなさいの気持ちを君へ

「おら起きろ! 布団に立てこもんじゃねー!」

「ううう、すみません海さん、布団がわたしにかみついたままで」

「んなわけあるか!」


 布団にくるまりだだをこねるイヴ。冬の深まりのせいか、寝起きの悪さに拍車がかかってる。


「問答無用ぉ!」

「さむーっ」


 布団ひっぺがし。薄ピンクのパジャマ姿のイヴが丸まっていた。適度に無防備な雰囲気。

 いや待て。意識してる場合か俺。本来の真面目な性格はどうした。はいっ元どーり。


「はよ着替えて来い。寝ぐせも直せよ。布団は畳んどいてやるから」

「はー、なんか、家政婦さんみたいですねえ。世話焼きな性格とは知りませんでした」

「誰のせいだ誰の」


 十割イヴが原因だから。制服を持って脱衣場に向かうイヴ。ぱたんと扉が閉じられた。


「さて」


 てきぱき布団をたたむ。その最中に枕の下から何かが飛び出た。

 黒い手帳。見覚えがあった。イヴの日記だ。


(風邪の時以来だな)


 きょろきょろ。まだ時間はあるな。前回同様にページを開いてみる。


「そうそう忘れてました。枕の下の手帳は絶対のぞかないで――」

「ん?」

「下さい、ね」


 声をかけられた。扉口で立ち尽くす制服姿のイヴ。思わず固まる。


「え」

「あの、それって」

「あ」


 俺が覗いてる手帳が指差される。まずい。目撃されてしまった。冷や汗がにじむ。


「す、すまん。日記なんだよな。その、ばれなきゃ平気かなって」

「っ、海さんが、そんなことするなんて。見られたくなかったのに」


 目をそらす仕草も束の間、かばんを手にイヴは玄関から出ていった。


(……やっちまった)


 室内に残される。罪悪感に囚われた。秘密だからこそ日記にしたためていたのに。それを知りながら俺は。

 放心を押しのけて学校に向かう。イヴが編んでくれた赤いマフラーを身に付けて。

 久しぶりの一人通学。雑踏だらけの背景音。いつもは鮮やかな右側の風景も淋しいまま。


「……はあ」


 学校に着いた。教室に入る。イヴはひとり窓際で景色を眺めていた。


(話しかけにくい、な)


 当たり前の流れがせき止められる。俺から謝らないとだめだ。覚悟を決めてイヴに近付く。


「あ、あのさイヴ、朝は本当にごめ」

「イヴちゃんおはよー! ねえねえ昨日の金曜ドーロショー観た? すっごい泣けたよねっ!」

「わあっおはようです友香さん。もちろんばっちり鑑賞済みですよー」

(………)


 乱入してきたのは友香。すぐさまイヴと楽しげな会話を繰り広げる。


(……出損ねた)


 入る隙なし。遅れるほど謝りにくいのに。でもまだ諦めるのは早い。

 休み時間が来た。廊下のイヴを追った。角を曲がった途端に誰かが俺の前に立った。


「あっ海くん。お願いがあるんだけど、よかったらシャープペンの芯を分けてほしいなって」

「あああイヴが……」

「海くん?」

「い、いやなんでもない。必要なものだもんな。教室に行こうか」

「ありがとう。お礼に後でジュースおごるね」


 違う。セラ君は悪くない。でもなにゆえ今なんだちくしょう。

 休み時間が来た。廊下のイヴを追った。大量の書類を持つ友香に体当たりされた。


「きゃああごめんねっ! 次の授業で使うプリントがー!」

「OLさんかよぉ!」


 散らばる紙を無視するわけにもいかず。手伝ってたら機会を逃した。

 その後も不運が続き結局は謝れず。残酷にも放課後が来てしまった。


「イヴ……」


 一緒に帰るタイミング。定位置で隣合わせになれるはずの時間。

 イヴが走って教室から出ていく。俺を避けてるように感じた。声をかける暇もなかった。


(……家で、謝るか)


 落胆しながら下駄箱に向かう。誰でも秘密を抱いてるのに。俺はイヴを裏切ったんだ。


「……はぁー」


 深刻な溜め息。外は雪色。予報を見たのに傘を忘れた。今日は失敗ばかりが目立ってる。

 下駄箱から靴を出して投げ置く。どうやって誠意を示そう。悪い予感だけが頭をよぎる。


「え冷たっ!?」


 そのせいで、靴の中に詰められてた異物に気付くのが遅れた。

 脱いで逆さに振る。どさりと雪が落ちてきた。なんだこれは。待てよ、こんな悪戯をするのは、


「……イヴか」

「おどろきました?」


 ひょっこり顔をのぞかせた犯人は、下駄箱の陰に隠れていた。


「怒ったふり作戦、効いたみたいですね。でも、恥ずかしかったのは事実なんですよ」

「効いたよ……本当にごめん。イヴと話せなくて、つまんない日だったよ。だからその、そろそろ許してくれないか」

「んー」


 もったいぶった仕草で歩きながら、イヴはバッグの中から折りたたみの傘を取り出した。


「あったかい抹茶をごちそうしてくださいね」

「ああ。ありがとな」


 ひとつだけの傘。相合い傘の合図。本音を盗み読むのは今日が最後。

 朝よりも冷え込む帰り道。白い色は濃くなったけど、朝の静寂よりも、はるかにあたたかい。


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