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30.いつかきっと雲は晴れるもの

(誰もいないか)


 一人きりの校舎裏。コンクリートの壁に背中を預けて、ため息を冬の空気に織り交ぜた。

 尾を引いているのは母さんとの電話。考えを切り替えようと意識は努力してるのに。


(……まあ、秘密のままよりはよかったよな)


 うだうだ悩んでるのは未熟なせい。母さんは自分のやるべきことを果たした。ただそれだけ。


(ん?)


 視線を右に向ける。校舎の陰でしゃがむ人影があった。やや小柄な学生服男子の後ろ姿。

 体格と雰囲気で分かった。セラ君だ。地面を見つめてどうしたんだろう。近付いてみる。


「セラ君。休憩か?」

「あれっ海くん、こんな所でどうしたの?」

「ん。いやまあ、冷たい空気が恋しくてさ」


 ごまかす。考え事の最中だなんて一丁前なことは言えないから。


「セラ君こそ、不良座りで何してるんだ?」

「あ、うん。えっとね」


 地面に向くセラ君。俺も視線を落とす。一匹の小さな黒猫がいた。

 猫用かりかりご飯を美味しそうに食べてる。一人だろうか。母親はどこにいるんだろうか。


「偶然見付けて。たまにここに来るみたい」

「そっか。セラ君は優しいんだな」

「そ、そんなことないよ。昔の僕なら、こんなことできなかったから」


 子猫を見守りながら話すセラ君。とてもおだやかな心理の横顔。


「みんながいてくれるおかげだよ。一人じゃないから。見えないものって、すごくあったかいよね」

「見えないもの、か」

「血が繋がってるわけじゃないけど、みんなのこと大好きだよ」


 そう言ってセラ君は微笑んだ。ひとりごとにも似た言葉は、ひびを縫うように染みていく。

 そうか。戸惑う必要はないんだ。どうせ大事なものは純水色。これから俺がすべきなのは、


(……分かったよ)


 最初からあったものを感じること。答えを探す必要なんかどこにもなかったんだ。


「ありがとう、セラ君」

「え?」

「こっちの話だ。もうすぐ授業が始まるな」

「うん。僕はもう少しこの子を見てから、あ」


 言葉は中断された。離れた場所から犬の鳴き声が届いたから。

 揃って確認する。白い犬がいた。呼ばれた子猫が軽やかに走っていく。ご飯はすっかり完食してた。


「なんだ、ひとりぼっちじゃなかったんだな」

「そうだね。よかった」


 成犬と子猫。白と黒。ちっとも違う二人は、それでも大切な関係。

 柵の隙間をくぐる前、二匹は俺たちに視線をくれた。ひそかにお礼を贈り返しておいた。

 教室に向かう。胸のつかえは取れていた。何を悩んでたんだ俺は。早く普通を始めよう。


(とまあ教室に戻ってきたわけだが)


 再び悩んだ訳。イヴが俺の席を占領してたから。近くに立つ友香と雑談をかわしてる。


「で、海さんがわたしに言ったんですよねえ。イヴが好きだぁ、付き合ってほすぃーって」

「へーっ! 無口っぽいのにね。で、で、イヴちゃんは何て答えたの?」

「もちろんおぅけぃしましたよ。いやぁ嬉しかったですね。あの真剣な目ったらもう、ハートきゅんきゅんです」

「きゃああ青春うらやましー! 私も告白されてみたいーっ!」


 しかも個人情報をバラしてた。なぜいつもいつもこうなのか。イヴの隣に立つ。


「あっおかえりなさい。どこ行ってたんですか? いま内情暴露トークで盛り上がってまして」

「どっこいしょ」

「きゃー」


 イヴの背中と足に両腕を添えて持ち上げる。そのまま床に体育座りさせた。


「ったく、どうしてそう口軽なんだ。俺が恥ずかしいからやめてくれ」

「いいじゃないですか。映画館でほっぺちゅーした仲なんですから。好きもいただきましたし」

「だから言うなって!」

「ひゅーっ!」


 まくし立てるイヴ。はやし立てる友香。まるで二人ともブレーキのさびた自転車。うるさくて厄介。


「二人とも大人だねーっ! ねえちょっとその話詳しく聞かせて!」

「はいはいまた後でな。ほら鐘が鳴ったぞ」

「あああいい所でー! もう空気よめーっ!」


 ちょうど授業開始のチャイムが鳴った。友香は鐘に八つ当たりしながら教室を後にした。

 いちる残るわだかまりを小さく吐き出す。席に戻る前に、イヴが俺の耳元でささやいた。


「心配してたんですよ。いつもの海さんに戻ってくれて、安心しました」

「……分かるのか?」

「もちろんです。いつも見てますから」

「……心配かけたな」

「まったくです」


 優しく笑うとイヴは席に戻った。気にかけてくれてたんだ。会話が少なめだったのに。

 椅子に座る。授業が始まる。適度な眠気も血肉になってくれそうだ。

 冬の風景は今日も窓の外に。ただいま、日常。


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