3.屋上の風はやさしく吹いて
「はじめまして田中イヴです。見ての通り人間です。転校生の立場もいいですね。どうぞよろしくお願いします」
朝の教室。壇上で挨拶するイヴ。さすがにアンドロイドということは隠すらしい。
黒メイド服ではなく学校の制服姿。入学手続きに関する疑問はあるけど、めんどいから無視しとこう。
(しかし田中って)
思いきり偽名だった。用意しないわけにもいかなかったんだろう。
さっきからクラスメイトの小声が聞こえる。かわいいだの肌が白いだの。確かに合ってるが。
(性格がアレなんだよな)
俺は知っている。あいつの頭は若干おかしく製作されてると。油断したらだめなんだ。
「あっ、ちなみにそこの黒瀬さんと同棲しています。童貞なのでわたしの処女が危険ですね」
「!!?」
ほら来た。クラスの誰もが驚いた。ざざっと俺に注目が集まる。もはや処刑に近かった。
朝会の終わりと同時、質問責めされてたイヴを屋上に連れ出す。寒い外気もなんのその。
「てめー正気か!?」
「なにがですか?」
「なんでも正直に言いすぎなんだよ! 明らかにわざとだろ!」
「あっばれました? 勘がいいんですねえ、ぱちぱちぱち」
「……もういいや」
拍手してるイヴを見て怒りも失せた。まじで故障してんじゃなかろうか。
「あなたがクラスに馴染めればと思いまして。ひとりぼっちの影キャラですよね?」
「勝手に決めんな! 当たってるけど、あれじゃ逆効果になるだろ」
そんなんで目立っても嫌だ。他人にいじられるなんてうっとうしい。
「いえいえ、あなたのことを知りたい人もいると思いますよ。かなり少ないでしょうけど」
「本当減らず口だな」
「あはは。まあ、わたしがそのうちの一人ですからね」
イヴがゆっくりした歩調で進み始める。優しい言葉が出るなんて全く予想してなかった。
「人間には『こころ』があると聞いています。いろいろなことを感じるための光。わたしには、ないものだと思っていました」
金網の向こうの街並みを眺めながらの声。さらさら冷たい風が、イヴの黒髪をなでていった。
「ですが、あなたといると胸のあたりがぽかぽかするんです。AI(人工知能)の故障なのかもしれません。そうだとしたらあなたのせいです」
「俺かい」
「だから、確かめなければいけません。高性能アンドロイドなので」
イヴが振り返る。ほんの少しだけかしこまった表情は、背景の白と溶け合って新鮮に見えた。
「AZ―1500型。設定年齢は十七歳。アンドロイドのイヴです。自己紹介がまだでしたね」
「……黒瀬海だ。十七歳で高校生をやってる。本当は喋るのが苦手なんだ」
「えったくさん会話してるじゃないですか」
「お前とだけだから」
なぜかイヴ相手だと踏み込んで話せる。この性格に調子を狂わせられてるんだろう。
高校に入ってから、誰かに自己紹介をするのは始めてだ。変な気分だけど悪くはなかった。
「そういえば、説明書を渡し忘れていました。わたしの機能その他もろもろが書いてあります」
「そんなのあるんかい」
折り畳まれた数枚の紙を、スカートのポケットから取り出すイヴ。くしゃくしゃだった。
広げてみる。びっしり小さめの字。これを読めばイヴのことがお手軽に分かるらしい。
「ふんっ」
「あ」
無造作に紙を引き裂いた。いちいち読んでられるかよと感じたから。
「もしかして、活字アレルギーとかですか?」
「まあな。それにもしかしたら、アンドロイドにも『こころ』があるかもしれないだろ?」
「あ、えっと」
「大事なことは、説明書には書いてないはずだ」
イヴがたまに口にする人間らしい言葉。プログラムに従っているだけとは思えない。
もしも、本人さえも無自覚な『こころ』が隠れてるとしたら、正しい形で理解したい。
「その……つまりだ、ゆっくり知ることにする。それでいいだろ」
「――ふふ、はい。ぜひおねがいします」
危険の回避と好奇心と、自分なりの不器用な気持ちを込めて。
「わたしの中でまたひとつ、はーとぽかぽかレベルが上がりました」
「そいつはよかった」
なにかを感じてくれたのなら何よりだ。こういう感情は初めてだった。
「これからはあなたじゃなく、名前で呼んでもいいですか?」
「ああ。俺もなるべくそうしてみる」
いつか通りすぎる冬の日々の中で、イヴの性格を確かめていこう。
自分でも不思議だけど、俺は割と真面目に、イヴのことを気にしてるのかもしれなかった。
「分かりました。では海、ふつつか者ですがよろしくお願いしますね」
「いや呼び捨てかい」
でもやっぱり、こいつの内面は少しだけむかつく。