28.紳士は客人を快く出迎える
「どっきり抜き打ちで紳士さんの家に遊びに行きましょうか」
「なんだって?」
下校中にイヴからの急な提案。訪問するという考えは盲点だった。
いつもと別の方向に歩いてバスに乗って。降りたのは、わずかに地理を知ってる程度の街。
「家にいなかったらどうするんだ」
「きっと大丈夫ですよ。それに、いきなりな方が喜んでもらえます」
「そういうもんかね」
「はい」
案内がてら語るイヴ。紳士の性格には詳しいだろうから任せよう。
にしても急だった。紳士は言わばイヴの父親。家族が懐かしくなったんだろうか。
「ここです」
「おお、って普通だ」
着いたのは一般的な二階建てアパート。紳士の部屋は一階らしい。なめらかな動作で呼び鈴が押される。
「宅配便でぇす」
(なぜそこで嘘を)
下手な鼻声だった。程なく玄関が開けられる。普段と変わらず上品な紳士がいた。
「おや、かわいい宅配屋さんが来ましたな」
「ふふ、来ちゃいました。紳士さんが寂しがる頃だと思いまして」
「ばれておりましたか。さあ、海どのもお上がり下さい。多少散らかっておりますが」
「あ、すみません」
優しい笑顔の紳士。快く招き入れてくれた。
割と広い部屋に散乱するのは本や書類。ロボット工学やプログラム、心理学の専門書が重なる。
「お見苦しいですな。一人だと、どうも片付けがおざなりになりまして」
「人間そんなに急には変わりませんからねえ」
「いや、まったくで」
親子みたいに喋る二人。繋がりは時間じゃ消えないんだと感じた。
居間にお邪魔する。大きい机に展開された複数のモニターとキーボード。すげえ。秘密基地みたい。
「床のコードにお気を付け下さい。お話はそちらの部屋で」
お茶を準備する紳士。タコ足配線を避けながら歩き、やっとこさ奥の畳部屋に落ち着く。
「紳士さんはロボット工学者なんです。特に『こころ』の研究をしていて、業界では有名なんですよ」
「す、すごいんだな。俺には何が何やら」
「ちなみに紳士さんというのは本名です」
「そうなの!?」
疑問が解決していく。紳士は色々と珍しい人だった。これからはさん付けしよう。
やがてお茶を持った紳士さんが来た。みんな着席。湯のみからは淡い湯気が立っている。
「……すみません紳士さん。俺、紳士さんのこと誤解してました」
誰よりも先に口にする。紳士さんを見た目だけで判断してたから。
「イヴから聞いたんです。その顔の傷は『こころ』に寄り添った結果だったんですね」
「いや、お恥ずかしいことで。二人でかぼちゃを料理していた際に、ざっくり切れまして」
「そうですか、かぼちゃ料理を、え?」
なんだそれ。てっきりイヴが不良よろしく切りかかったとばかり。
「あのかぼちゃ固かったですよねえ。わたしの全力でもぜんぜんだめで。つるっと手が滑って」
「ふふふ、見事に血だらけになりましたな。いやあ懐かしい」
「あはは」
(……変な二人だ)
大怪我なのに二人とも笑ってる。いろいろおかしい。紳士さんは肝心な所でイヴと似てた。
「海どのは、男らしくていいですな。いかほど仲良くなれましたか?」
「実は付き合ってるんですよー。いちゃいちゃえっちまで近いです」
「おお、それはそれは」
下ネタにも大人な対応の紳士さん。さすがに慣れてる。経験の差か。
「紳士さんが提案してくれたおかげです。最初は不安でしたけど、よかったなって思えました」
「かわいい子には旅をさせろ、と言いますからな」
紳士さんは、あえてイヴを旅立たせた。居心地のいい場所に閉じ込もってしまわないように。
痛みだらけの世界かもしれないけど、希望もある。ほんの小さな光でも、目を開けていれば必ず探せる。
「あの、どうして俺を選んでくれたんですか? 紳士さんとは、顔見知りでもなかったのに」
残っていた謎。なぜ俺とイヴは出会うことができたのか。紳士さんは語り始めた。
「まあ、それは……明美さんから聞いていただけますかな? どうにも話しにくいことで」
「え、母さんですか? どうして本名を」
「と、とにかくこれからも、いろいろとよろしくお願い致しますぞ」
「は、はあ」
どういうわけかばつが悪そうに。まさかその名前が出るとは。一体なにがあったんだ。
丁寧に頭を下げてくれた紳士さん。イヴをお任せしますと。おかげでより意思が固まった。
強くなろう。イヴは俺の恋人だから。深まる冬の中でも、優しいあたたかさを分けてくれる人だから。




