27.紡いだ糸に繋がる未来は
「なにしてるんだ?」
「あっこれですか? もうすぐバレンタインなので、海さんに手編みマフラーを渡そうかなと」
「……そういうのって普通は秘密にしないか?」
普通に説明されたので感激は消え去った。ちくちくと赤いマフラーを編んでいるイヴ。
その姿は家庭的だった。もし将来も一緒にいられたら、ほつれた服を直してくれるのかななんて、いかんいかん。
「いいじゃないですかー。それとも、愛の証がほしくないんですか?」
「いや、くれ。すごいあったかそうだし。今夜は冷えるみたいだし」
「おー、欲しがりな海さんっていいですねえ」
にこにこ自然な笑顔。イヴがうちに来てくれてからだいぶ経った。
最初はどうなることかと思った。なんでも直球発言な、しかも異性のアンドロイドと同居なんて。
「そりゃ嬉しいさ。イヴが初彼女だからな」
「あはは、そんなの分かってますよ。にじみ出るオーラが語ってます」
「軽くバカにしただろ」
「まさかぁー」
でも案外、どうにかなった。だからこれからも、イヴさえよければ関係を続けられる。
だけど現実は、常に溶けて変わる。永久凍土の世界は滅びていくから。
「なあイヴ」
「はい?」
編み物の手が止まる。聞きたいことがあった。
「学校を卒業したら、イヴはどうするんだ?」
例えば一年後の進路。イヴはどこに行くんだろうか。行きたい場所があるんだろうか。
「そういう海さんは、夢とかないんですか?」
「夢か……まったくないな。幼稚園の頃は、花屋さんになりたいって思ってたんだけどな」
「んー、海さんには似合わなそうですね」
「なんだとこの」
はっきり言うか。当たり前だけど、あの頃は自分が高校生になるなんて思ってなくて。
今だってそうだ。いずれは大人になる実感が抱けない。ましてや夢とか大それたものなんて。
「って、俺のことはいいんだよ。イヴの考えが知りたいんだ」
「わたしですか?」
目の前にあるものを見るだけで精一杯。大切なものの球根は、案外近くで掘り取れるはずで。
「海さんとおんなじですよ。なにせアンドロイドなので、夢も希望もありゃーしません」
「投げやり思想だな」
「というのはうそで、本当は、普通に生きられたらそれでいいんです」
一つの思想が紡がれた。普通の高校生とは違う、ひそやかに咲く忘れな草を思わせる答え。
「今が好きなんです。過去や未来にとらわれて、今を見れなくなるのは嫌で。だから、なるべく考えないようにしています」
「なるほどな。イヴらしくていいな」
今を感じるということ。それになぞらえて考えるなら、イヴはここだけに存在している。
「先なんて分からないからな。けど俺は、叶うなら大人になってもイヴと一緒にいたい」
「きゃっ言いますねえ。きゅんと来ました」
「こ、これでも真面目だぞ。きちんと稼げる大人になってやるからな」
まだまだ未熟な今の俺には、愛をささやく資格なんてないけど。
それでも俺は、イヴが好きだ。むかつく所もひとまとめに、全て受け止める自信がある。
「前から思ってたんですけど、海さんって変わってますよね」
「どうしてだ?」
「だって、わたしに告白してくれるなんて。元々は、破棄されるだけの存在だったのに」
イヴは時々、自分のことを特別だと言うけど、それは必ずしも自慢してるわけじゃない。
言葉は不安の裏返し。イヴにだって、内に抱えているものがある。
「それは他人が決めたことだ。俺からの好きだけじゃ不満か?」
「――いえ。充分すぎます。どんな抹茶味も麻痺するくらい、とってもあまあまで」
「そうか。よかった」
でも、そういうのは大抵、悩んでるのは自分だけだったりする。心とは不思議なもの。
「ありがとう、ございます。わたしも、これからも海さんの隣にいたいです」
「ん。ありがとな」
「だから、そのためには、やり損ねたことを済ませないといけません」
立ち上がるイヴ。側に座ると、おもむろに俺のひざ枕に横になった。
あぐらの状態だったから、やや不格好な枕だったけど、イヴは嬉しそうに微笑んでいた。
「なにかあるのか?」
「はい。まずは友香さんに、わたしの正体を打ち明けたいと思います」
「え、まじか。秘密にしてなくていいのか?」
「だいじょぶです。友香さんとは、これからも仲良しでいたいので」
イヴのまっすぐな瞳。だらけた態度とは正反対の誠実な決意。
「あとは、そうですねえ。もうひとつの方は、ちょっと先の話なので」
「なんだよ気になるじゃねえか」
「まあまあ、そのうち分かることですから」
それきり話すと、イヴは枕でくつろぎ始めた。立入禁止なら詮索は置いておこう。
時間は未来に向かうだけ。目をそらさずに受け入れよう。例え理想から外れたとしても。
でもたまには、長夜のまま止まってほしいなんて、あわやかな夢絵を描いてみたりもした。




