24.もし僕が罪を背負えるなら
「ほらほら、あとはお母さんが掃除しとくから。海君とイヴちゃんはデートでもしてきなさい♪」
がちゃ。ばたん。二人揃って外に追い出された。母さんは時々こうして抜き打ち掃除に来る。
珍しく外は涼しめ。おおかた雪が有給休暇でも取ったんだろう。
「なんで母さんは俺たちの関係を知ってんだ」
「わたしが電話しました。明美さんは素敵なお母さんですから」
「お前か犯人は! いらんことバラすなや!」
「てへっ」
わざとらしい照れ顔。恥ずいから限界まで隠しておきたかったのに。
まあバレたもんはしゃあねえ。自宅は立入禁止で選べる行動はひとつ。
「出かけるか」
「どこにですか?」
「……デートだ」
「きゃー」
からかうような悲鳴。嬉しいのか嫌なのかはっきりしてくれ。
雑談をかわしつつ着いたのは映画館。あったかいし広いし、のんびりできる素晴らしい場所。
「映画館デートもおつですねえ。ばかにはされないですが、特に褒めるところもないという」
「ありがとよ」
辛口評価だった。んなこと言われても急だし母さんが悪いんだし。
客もまばらで静かな雰囲気。確認してみれば上映まで二十分。
「なあイヴ。あの検査ってなんなんだ? セラ君は受けてないみたいなんだが」
灰色のスクリーンを見つめるのも飽きた。会話がしたい。
「えと、紳士さんから聞いてますよね。わたしの初期プログラムに異常があるって」
「異常? いや、そこまでひどくないだろ。ミスがどうとかしか」
「いえ。今は普通でも、過去のわたしは確かに無価値だったんです」
真面目なイヴ。空気で分かった。これから始まるのは真剣な会話。
「昔のわたしは、人の気持ちが読めませんでした。心ない言葉を浴びせたり、傷を負わせるような暴力をふるっていて」
「本当、なのか?」
「そのせいで、消去が決められたんです。当然ですよね。わたしの存在なんて、消して組み直した方が簡単ですから」
初めて語ってくれた過去。紳士も話していた。イヴには初期プログラムのミスがあると。
「紳士さんが、わたしを見付けてくれました。しばらくは、一緒に暮らしていたんです」
「そうか……それで」
「紳士さんの顔に、傷跡がありましたよね。――昔のわたしが付けてしまったんです。ほんとにたくさん謝りました。でも、紳士さんは笑顔で許してくれて」
イヴと紳士が親しげだった理由も分かった。深い繋がりがあるから。
「プログラムを改ざんすれば、わたしはすぐに変わったんです。でも紳士さんはやらなかった」
「イヴの『こころ』に寄り添うためか?」
「はい。ちょっと時間はかかりましたけど、おかげさまで今のわたしに。おおげさじゃなく、本当に命の恩人なんです」
紳士の顔の傷跡はあたたかさの証。なのに俺は怖がっていた。
俺には父さんがいないけど、紳士はイヴの父親なんだと分かる。そっと側で見守る家族。
「紳士さんは、わざとイヴと離れたんだよな。イヴに人の体温を知ってほしいから」
「はい。きっとそうなんだと思います」
「その大きさには叶わないけどさ。俺だってイヴが大切だ。だから、これだけは伝えさせてくれ」
せめて言葉だけでも、優しい人に近付いてみたかった。イヴを助けてくれた紳士のように。
「ありがとうな。俺のところに来てくれて。好きだからな、イヴのこと」
「っ――はい。その、わたしの方こそ」
俺も頑張って変わろう。好きな人がうつむく時は支えられるように。そっと靴ひもをほどいてあげられるように。
沈黙が訪れた。もう映画が始まる。つららが溶けるように、天井の照明が静かに消え始めて。
「海さん」
スクリーンがともる前に名前が呼ばれた。
「なんだ?」
小さく振り向く。俺の頬に優しくふれたのは、イヴからの口付け。
感動する余裕なんてなかった。青信号で車が来た気分。どう答えればいいのか困り果てて。
「……い、いきなりだな」
「か、海さんだってあの日、急に告白してきたじゃないですか。わたしからの、ささやかな反撃です」
頭をかきながら視線をそらす。まともに顔を見れない。薄暗い空間なのは幸いだった。
「あの、ありがとうございます。たまには、昔を話すのもいいですね」
「だろ?」
「すみません。映画館がダメなんて言ってしまって。とっても良い場所です」
「平気さ。いろいろはっきり言うのが、イヴのいいところだからな」
声を贈り合う間にも、ゆるやかに明かりは落ちていく。それは会話を切り上げる合図。
いつもそうだ。どれだけ俺が積極的になろうとしても、イヴはだいたいその先を歩いてて。
(……頑張ろう)
彼氏としてイヴの手を引くには、まだまだ練習が必要みたいだった。




