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23.君のいない灰色風景なんて

「検査は夕方までかかりますな。今日は学校を休ませるべきでしょう」

「まじですか」


 紳士が再びうちに来た。顔の傷跡が少し怖い。人形状態のイヴの後頭部には謎のコード。

 出発五分前。すぐ終わると考えていただけに肩すかしをくらった。


「ご安心ください。おかえりの時間には間に合わせて見せましょう」

「わ、分かりました。よろしくお願いします」


 機械を操作しながら紳士が言う。かくして一人通学が決まった。

 なあに、イヴが来る前は単独だったんだ。元の状態を楽しもう。そう朝に決めたはずなのに、


(静かすぎぃ!!)


 一時限目終わりの休み時間。早くも退屈に蝕まれ始めていた。慣れとは奇妙なもんだ。


「おつかれさま海くん。イヴお姉ちゃんは?」


 セラ君が相手に来てくれた。助かった。暇すぎて爆ぜるかと思った。


「休みなんだ。点検の人が来てな。検査は夕方までかかるらしい」


 事実を話す。共通の話題だと思ったから。


「え、検査って?」

「ん?」


 ところがセラ君が浮かべたのは疑問符。説明は足りてるはずなのに。


「ほらあれだ、頭にコード差されてさ。接続切られて点検されるだろ? ばちんって感じで」

「……ごめんね。知らないかな。僕たちは、滅多なことじゃ故障しないように出来てるから」

「う……ううむ」


 ためらいながら答えるセラ君。たしかにそうだ。イヴやセラ君の高性能さは存じてる。

 まさかあの紳士が怪しい人。いやそれも矛盾する。イヴとは旧知の仲みたいだったから。


「あ、ならあれじゃないか? 人によって体質が違うとか。セラ君の方が高性能っぽいし」

「そうなのかな?」

「たぶんそうだろう」


 今はこれで納得しとこう。イヴのプログラムは特殊らしいし。考えた所で素人には難題だ。


「やっほーイヴちゃん。みんなで楽しく雑談しよ、ってあれ? いない」


 友香も来た。意識しているせいか視線をそらすセラ君。純情派。


「イヴなら休みだ。寝坊したみたいでな」

「そっかー。ていうかひとつ聞いていい?」

「なんだ?」

「どしてセラ君はキミの後ろに隠れてるの?」

「ん?」


 言われて気付く。セラ君が俺を盾にしてる。照れのせいと思いきや、


「ご、ごめんね。バレーボールのトラウマが。事故なのは、分かるんだけど」


 怖がっていた。友香と仲良くしたいのに友香が恐ろしい。なんという感情のせめぎ合い。


「あ、そっか。こっちこそごめんね。えへへ、怖がらなくていいから。悪いのは私だから。謝るから」

「ひっ」


 友香が近付くたびセラ君は下がる。というか怖がらせようとしてないか。なにその迫真な病的演技。


「ねえ逃げないで。いたくしないから。やさしくするから。なんで逃げるの? ねえ、ねえセラ君、セラくんてば」

「う、う、あああ」


 悪ノリ友香。追い詰められるセラ君。背中が壁に当たった。もう後には下がれない。


「えへへへよかった。もう逃げられないね。ね。私がお話ししてあげるからね、たくさん遊ぼうねあはははは」

「うわああんひどいよいじめだー!」


 泣きながら走り出すセラ君。よほど恐怖だったらしい。友香は芝居の才があるようだ。


「あっ待って! さすがにやりすぎたかな。ごめんね許してーっ!」


 後を追う友香。いつか、セラ君に想われてることに気付くだろうか。

 二人のやり取りがうらやましい。いつもなら俺とイヴが似たような対話をしてるのに。どっちか代わってくれ。


(イヴは無事だろうか)


 ぼんやり過ごした一日。授業は平坦に終わる。

 いつもより寒い下校道。すれ違う人たち。景色が過ぎていく。無口。自宅が見えた。

 玄関の鍵を開ける。紳士は帰っていた。居間の戸を開く。イヴが仰向けで目を閉じていた。


(のんきな顔してんな)


 俺は一日勉強してきたというのに。むかつくから起こしてやる。


「おい、放課後だぞ」

「うーん、だから言ったじゃないですか。バナナの茶色は腐ってるわけじゃないですよと」

「どんな寝言だよ」


 イヴが上半身を起こす。眠そうな視線が重なり合う。ようやく俺の心も呼吸を始められた。


「あ、海さん。検査は終わりましたよ。健康そのものでした」

「そいつはよかった」

「ふふ、わたしがいなくてさみしかったんじゃないですかー?」

「な、なわけあるかよ。静かで快適だったぜ」

「またまたー」


 下手にごまかす。きっとイヴにはバレてる。ならいっそ楽になろう。


「まあ、そうだな。イヴがいた方が楽しいな。本当は、かなりつまんない一日だったよ」

「あれっ素直ですねえ。どうしたんですか?」

「たまにはな。いつもは、こんなことしないけど」


 姿勢を下げて、静かにイヴを抱きしめる。恋人だから許されること。安息できる行為。


「いい感じです。男の人の、汗のにおいがして」

「まあな。そこそこ活動してきたからな」

「ふふ。それなら、言い忘れたことがありましたね」


 言葉が聞けて表情が見えて。当たり前だけど、どこまでも大切なもの。


「おかえりなさい」

「ああ、ただいま」


 今夜からは元の暮らし。さっきまでは非日常。ここからは、またいつもの普段の日常。


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