20.空を見上げて浮かんだ答え
「ん、やけに明るい朝だな……何時なんだ?」
妙に爽やかな朝。布団の中から目覚まし時計を確認する。九時三分。
「なんじゃこりゃー!」
飛び起きた。もう授業が始まっている。通りで寝覚めがいいわけだ。
「うーん、うるさいですねえ。夢の具合がいいところだったのに」
「ああすまんな、じゃなくて! なんでお前も俺の布団で寝てんだよ!」
イヴからの苦情。いつから駄眠をむさぼっていたのか。なぜ目覚ましは沈黙していた。
「あたたかそうだったのでつい。時計だって、たまには休みたい日もありますからね」
「止めたのてめーか! って責めても始まらん。とにかく起きるぞ!」
「待ってください」
「なんだよ」
のんびりしすぎな時止め人を急かす。ところがイヴはだらだら持続。
「あくせくしながら一分一秒を生きる。わたしたちは日々、大切なものが見えなくなっている。そうは思いませんか?」
なんか語り始めた。言われてみればそうかもしれない。現代は誰もが急ぎすぎている。
「ん、まあそうだな」
「たまには時間と対話するのもいいですよ。さあ、わたしと一緒に横になって、ぼんやり天井を見つめてください」
「こ、こうか?」
まくらに頭を乗せて布団をかぶり直す。
「静かに目を閉じて、思考を泳がせて。そうしたらもう、わたしたちの意識は自由の海の中に」
「いいもんじゃのう……って二度寝の流れじゃねえか! バカやってないで起きろ!」
「うー、ねむー」
危ねえ。イヴの催眠術にはまりかけた。このまま二人で眠りたかった気もするけど。
遅刻扱いで学校に着く。授業は進んで昼飯。朝の慌ただしさとは正反対の和やかな時間。
「わあ、友香さんのお弁当おいしそうですねえ。たまごの黄色が食欲をそそります」
「そ、そうかなっ? 手作りなんだ。よかったら味見してほしいな」
「わーいいんですか? 催促した甲斐がありました。お礼に抹茶あめをあげちゃいます」
「あっおいしそー!」
隣の机で雑談するイヴと友香。今日は雪の予報だから教室と決めた。
以前は一人で飲み込んでた昼飯。イヴが来てから環境は変わった。
「海くん? ぼんやりしてどうしたの?」
「ん? ああいや」
同じ机で弁当を食べるセラ君。自分のことを話せる友達もできた。
「イヴのおかげだなと思ってさ。俺が一人じゃなくなったのは」
「イヴお姉ちゃんの?」
「ああ。一人が楽だと思ってたけど、やっぱりこっちの方がいいよな」
「うん。みんなといると楽しいよね」
結局のところ以前の俺は強がってただけ。面倒だからと、疲れるからと孤立を選んでいた。
けど、一緒の方が安心できるに決まってる。生きるために不可欠なものは、命のあたたかさ。
(イヴが教えてくれたんだ)
届けたいのは、感謝の気持ちよりも繊細な。
授業が終わった。家までの道を帰る。ちらちら舞うのは雲を摘んだような雪。
「あー、疲れましたねえ。授業が簡単すぎて寝ちゃいそうです」
「俺はぎりぎりだよ。記憶力がうらやましいな」
「そりゃ高性能アンドロイドですからぁー」
イヴは人間じゃない。そんなことは会った日から理解していた。
だけど、それがなんだ。例え『こころ』がAIだとしても、俺はイヴを作り物だなんて思わない。
「そうだな。イヴはアンドロイドだ。でも生きてる。人とおんなじだ」
「ふふ、そう言ってくれるのは海さんだけですね。いつもいろいろありがとうございます」
優しい微笑み。これからも、この笑顔を隣で見ていきたいと感じた。
イヴが俺を変えてくれた。言いたいことを閉じ込める生き方とは、もうお別れしよう。
(……ムードが足りないかもしれないな)
空を見上げる。もっとロマンチックだと思っていた。あるのが雪景色の演出だけなんて。
それでも今しかない。決意が揺らいでしまう前に。二人で暮らしている自宅が見えた。
「イヴ。話があるんだ」
「はい?」
「このまま歩きながら聞いてくれるか」
「いいですけど」
いつもの雰囲気。いつもの会話。玄関の前で立ち止まる。イヴの方に体の正面を向けた。
ちりんと鍵の鈴が鳴く。不思議そうな表情。言葉がこごえてしまうか心配だったのに、
「イヴのことが好きだ。俺と付き合ってほしい」
案外しなやかに告白を渡すことができた。強く聞こえるのは心音。
イヴの黒い瞳が近い。戸惑い。それとも。沈黙。ただ答えを待つ。
「え、うそ――えっと、告白されたんですよね」
「し、したな」
「き、急ですね。わたしの回路をショートさせる気とかですか」
「や、純粋な気持ちだ」
ほんのり頬が赤い。いつもの自由な態度とは違う新鮮な反応。
イヴの側にいたい。たくさんのことを教えてもらいたい。そしていつかは、イヴを支えたい。
かたん。錠の開く音。イヴが俺から鍵を盗んで回したから。
「いい、ですよ」
小さな声で答えてくれた。視線が重なる。俺の方が少しだけ高い。
「わたしも、海さんが好きです。本当に、アンドロイドでもいいんですか?」
「イヴがいいんだ。ありがとうな。笑わないで、きちんと答えてくれて」
「いえ、こちらこそ」
扉を開ける。雪は背景となり、ただ黙々と役目をこなしていた。
なにかが変わったのかもしれないし、変わらないのかもしれない。ただ明確なのは、これからも景色は移りゆく。
明日からもイヴと出会える。深まっていく冬の遊び声は、まだまだ春には遠いから。




