2.どうしてそんなにはっきり言うの
『海君久しぶりぃ! お母さんだけど元気してた? イヴちゃん着いてよかったね。とってもいい子だから仲良くしてあげてね♪』
「あっおい!? ……また切られた」
母さんの電話はいつも忙しい。やっぱり例のアンドロイドで合ってるみたいだった。
「あっ電話終わりました? いやあ明美さんっていいお母さんですよね」
「本名で呼ぶなよ。つか母さんと顔見知りだったんだな」
どうやらこいつは母さんと面識があったらしい。俺よりも先に仲良さげに電話をしてた。
うやむやなまま部屋に招き入れた。律儀に正座をしてる。ここだけ見りゃまともなんだが。
「……アンドロイドか」
「あれっもしかして疑ってますか? 標的攻撃モードONにしてもいいですよ?」
「い、いや待て。やめてくれマジで」
疑ってるんじゃない。目を赤色発光させつつ電子音を発せられたら嫌でも信じる。
よし、こうなりゃ理解に努めてみよう。敵の本意を知っておいた方が何かと有利なはずだ。
「あーその、お前の目的ってなんなんだ? ただの高校生の家に来る意味なんかないだろ」
「そうですねえ。ぶっちゃけ意義はありませんね」
「はっきり言うなおい」
ちょっと傷付いた。
「本来アンドロイドは、人間の心に寄り添う目的で作られたんですよ」
「ほう」
「さみしいとかつらいとか、そういう悪い気持ちを取り除くためにいるんです。言うなれば天使ですね」
「悪魔の間違いだろ」
殺されかけた恐怖は忘れちゃいない。悪感情を与える立場になってどうするのか。
「だからあなたと同居するんです。まあ方針なので従いますけど? 好きとかじゃないので勘違いはよしてくださいね」
「しねーわ。俺だって母さんの頼みだから聞いてるだけだわ」
いちいちむかつくやつめ。少女の姿じゃなかったら殴ってるとこだ。見た目で得したな。
にしても同居か。部屋が狭くなるかな。そこまで広くない部屋で少女と二人暮らし。
(ん、同居……!?)
やっと気付いた。よく考えたら一大事。慌ただしいせいで重要なことを忘れていた。
「ちょっと待て、二人で暮らすのか? それって問題あるだろ」
「なにがですか?」
「いや……俺の口から言わせるのかよ」
この淡々とした反応。アンドロイドはその手の知識には疎いのか。
「分かってますよ。安心してください。アンドロイドに食事はいりませんし、お金ならそれなりに持ってきました」
「そこじゃねえよ。それも大事だけどさ」
いつの間にか少女の手には茶封筒が握られていた。いきなり金の話になって恐縮です。
「いいか、俺は男でお前は女だ。分かるだろ?」
「えーっと、あっ、あーあー分かりました。あれですよね、ついえっちをしてしまわないか不安だと」
「口に出すなっての!」
やっぱ知ってた。平気で口にされると逆に落ち着いてられる。
「童貞なんですか?」
「お前には関係ない」
「へー、ふうん」
というか直球すぎ。微笑みが腹立った。今すぐ追い出してやろうか。
この調子で今後も暮らすのだろうか。せめて女の子らしいところでもあれば見直すんだが。
「ところで、わたしはこの家で暮らしてもいいのでしょうか?」
「ん? ああ。まあいいんじゃねえかな。今後どうなるか分からんけど」
質問に返す。すると少女は、今までとは違う優しい表情を浮かべた。
「その、なんというか、ありがとうございます」
「ん?」
どうしたんだ急に。
「正直に言うと、不安だったんです。わたしはアンドロイドだから、世界に自分の居場所なんかないんじゃないかって」
「……お前」
「だけどあなたは、迎えてくれました。おかげでわたしにも、また帰れる家ができたんです。だから」
静かに右手が差し出された。白くてしなやかな指。
「わたしたちの手のひらに、たしかなつながりを」
「……ああ。よろしくな」
握手をかわす。アンドロイドなのに、まるで人間みたいな体温があった。
イヴは限りなく人間に近いんだ。いろんなことを考えてるし感じてる。それなら俺でも理解できるかもしれない。
「ていっ」
「痛えええ!?」
とか思ってたら、いきなりイヴが強い握力を込めた。俺の指に大ダメージ。慌てて離す。
「なにすんだてめー!」
「いやあ、悪魔って言われたからお返しです」
「意外と根に持つのな!」
早くも嫌になりかけた。まだまだ和解には時間がかかりそうだ。
「あーあと、あなたと同じ高校に通うことになりました。明日からは同級生ですね」
「何ぃ!?」
今はこれだけ言える。このアンドロイドの性格は、なんだかとってもよく分からない。