18.たまには雪降る夜の海を
『あらまあ久しぶりぃ! 海君の方から電話してくるなんて、珍しいこともあるものね☆』
「ああいや。元気してるかなと思ってさ」
静かな夜。イヴが風呂に入ってる隙に母さんに電話をかけてみた。
特に用事があったわけじゃない。手指の動きに任せただけだ。
『お母さんは大丈夫。イヴちゃんとはどう? よろしくやってる?』
「よろしくの意味は分かんないけど、あいつはいいやつだよ。きちんと人の心もあるし」
『ふふ、それは海君のおかげよ。イヴちゃんの彼氏になりたくなってきたんじゃない?』
「な、ならねえよ。だってあいつ人造人間だし。機械系は苦手だし」
動揺する点を突かれたのではぐらかす。
『またそんな嘘ついて。本当は、イヴちゃんのこと大切なんでしょ?』
「な、なぜそう思う」
『母親だもの。海君の声だけで分かるわよっ。イヴちゃんに振り回されたりしてない?』
「……すごくしてる」
でも見抜かれて当てられた。母さん恐るべし。
『海君にかまってほしいからよ。かわいいわがままと思って、おおらかに受け入れてあげてね♪』
「……う、ううむ」
通話を終えた。なるほど。イヴが奔放なのにはそういう心理が。
ちょうどイヴが風呂から戻る足音が聞こえた。よし理解した。おおらかにいくぜ。
「お風呂いただきましたー。ほかほかでいい感じでした」
「おう。おかえり」
「あれっまだ宿題やってたんですか? のろまの亀さんですねえ」
「なんだと」
俺のノートを覗き込むイヴ。さっそく挑発が来たが流されない。おおらか青年だから。
「終わらなくてな。イヴはどうなんだ?」
「もちろん完璧ですよ。よかったら写させてあげましょうか?」
「まじで? 頼む」
「いやぁでもタダというわけには。そうですねえ、ひざまづいて頭を下げてくれたら」
「ぐ、そんなの求めるか。仕方ないな」
座り直して頭を垂れながら頼む。宿題のためとはいえなんたる屈辱。
「ぜひお願いします」
「海さんの髪ぐしゃー」
「ちょ、てめえ!!」
俺の髪をわしゃわしゃして来たイヴ。さすがにキレた。すまん母さん俺には無理だ。
「あはは、本当にやってくれるなんて。やっぱり海さんは優しいです」
「ったく……つか今さらだけど、風呂上がりなのにメイド服なんだな。パジャマとかないのか?」
楽しそうな姿を見て思う。学生服とメイド服の二択じゃつまらなかろう。どっちも黒だし。
「これはパジャマ用なんですよ。私服用よりも生地が薄いのがいいところです」
「そうなのかよ。全部同じだと思ってたわ」
新たな発見だった。つってもデザインは同じだから、俺からすれば差なんてないわけで。
「近いうちに服でも買いに行こうか」
「へー、たまには海さんもおしゃれしたい時があるんですねえ」
「いやお前のだよ。せめて夜くらいはパジャマの方がいいだろ」
誘ってみた。二つの服も捨てがたいけど、違う格好のイヴとも会いたいから。
「わあっいいんですか? じゃあ行きましょう」
「ん?」
立ち上がるイヴ。時計を見た。七時二十分。
「え、今からか?」
「えっわたしのパジャマ姿が見たいんじゃないんですか?」
「いやだって風呂に入ったばっかで、え?」
まさか風呂上がりに外出したがるとは。汚れるんじゃ。また風邪ひかれたら心配だけど。
「そうだな。まだ間に合いそうだもんな」
「っしゃぁー」
イヴが行きたいならいいか。こういう振りまわしは大歓迎だ。
防寒着を羽織って外に出る。かなり寒いけど、イヴが隣にいるから平気とだけ言っておく。
閉店間際の店に入って、ほしいものを選ぶ。急ぎ気味でも、楽しい雰囲気は持続していて。
「ふふふ、買ってもらっちゃいました。海さんの好感度がうなぎのぼりです」
「そいつぁ光栄だ」
「ふんふーん」
店を出てから帰り道。紙袋を両手で抱え嬉しそうなイヴ。見とれかけた視線を前に戻した。
視界の端に、はらはらと何かが映る。それは空から地へのささやかな届け物。
「あ、雪ですね」
「みたいだな」
立ち止まって眺める。白に映えるイヴの黒色。ため息がこぼれた。
母さんの言葉が蘇る。俺は別に、彼氏になりたいとかそういうのは。
「イヴ」
「はい?」
押し込めた言葉は何度も玄関をたたく。俺はいつも、気付かないふりをして扉を押さえる。
「いつか俺は、イヴに気持ちを伝える。遠い日の話じゃない。それまでは、近くにいてくれよな」
俺がするべきなのは、外に行きたがっている音たちの歩道を、そっと照らしてあげること。
知らない人から、大事な人になれるんだろうか。俺は大丈夫だと思う。自信はある。
「ふふ、そんなことですか。未来は分かりませんからね。でも」
もったいぶった感じで振り返るイヴ。
「わたしに『こころ』があるのは、海さんのおかげです。それだけは、たしかなことですよ」
「……ありがとな」
「こちらこそ」
素直に話す様子は人と同じ。たくさんのことを考えてるし感じてる。
そろそろ、下手な嘘を連ねるのはやめよう。見抜かれる前に自分から解きほぐそう。
静かな空から降る白は、職人のように無口なまま、深まる夜の情景を仕立ててくれていた。




