17.ときおり気持ちは交差する
「勉強疲れませんか? そろそろ休憩して、校内鬼ごっことしゃれこみましょう」
「まだ開始二分だから」
冬休み終わりまで数日。わざわざ学校に来てるのも、たまった宿題を終わらせるため。
「あー、ひまですねえ。なんかこう、バチっと充電したい気分です」
「どんな心境だよ」
それを間近で邪魔する犯人。ちぃと頭がいいからって自由しやがって。
「あれっこんなところにコンセントが。おいしそうな高電圧が」
床近くのコンセントを見付けてしゃがむイヴ。勝手に食うつもりだろうか。
「あのなイヴ、無断で使うのは盗電だから犯罪だぞ」
「んーいい感じです。薄味なのにコクがあって。三杯はいけますね」
「って手遅れかよ!」
イヴの後頭部のコードが差されていた。つかその感想はおかしいだろ。うどん屋かよ。
「大丈夫なのか? こんなとこ誰かに見られたらまずいだろ」
「大丈夫ですよ。新年早々登校する人なんて海さんくらいしか――」
がらっ。教室の扉が開いた。思わぬ来訪者に心臓が飛びはねる。
「あれ? イヴちゃんの声かなと思ったのに」
立っていたのはイヴの友達。友香だったかな。吹奏楽部の帰りだろうか。なんとも熱心な。
「い、いやいない。この教室には俺だけだ」
「え? ほんとにいなかった? 私の聞き間違えだったのかな」
「そ、そうだろうな」
友香の位置からはイヴが見えないらしい。机たちのおかげで助かった。
(まずいまずいまずい)
イヴの後頭部から伸びるコード。見られたら一発でアンドロイドだとバレる。どうにか注意をそらす方法は。
「ああっ空の向こうにスカイフィッシュが!」
「うそ、どこ!?」
「あそこだよあれ! うわああ増殖したぁ!」
「ひえええ!?」
あれはなんだ作戦。おおげさに廊下の窓を指差す。わたわたと外に出て探す友香。その隙にイヴと作戦会議。
「おい早く充電やめろって気付かれるぞ!」
「ううう、実は安全装置で三分は外れなくて。こうやって、引いても、ぜんぜんだめで」
「まじかよこれ以上ごまかせってのか! ぬああ外れねええ!」
がっちり固定されたコード。俺にとって三分は三時間に等しい。友香が教室に戻ってくる。
「見逃したー! ていうかなんか汗かいてるよ? そんなに暑いの?」
「はは、おかしいな。雨もりしてんのかな」
「え、晴れてるけど」
「あ、そ、そうか」
変人の眼差しを向けられる。嘘なんて慣れてるはずもなかった。ごめん早くも限界です。
「そうだっ。少し前から聞きたかったんだけど、今いいかな?」
「な、なんだ?」
「その、イヴちゃんと同棲してるんだよね。イヴちゃんからも、話してもらったんだけど」
おずおずと聞いてくる友香。イヴのやつめ。いらんこと言いおって。
「……まあしてるな」
「そ、そうなんだ。大人だね。えっとじゃあ、イヴちゃんのプライベートにも詳しいよね」
「それなりには。けど、なんでそんな質問を?」
違和感があった。友香の喋り方が、何かにすがろうとしているように聞こえたから。
「えと、イヴちゃんには、なにか抱えてる事情があるのかなって」
友香が言う。正体にふれかける質問を。
「イヴちゃんね、あんまり自分のこと話したがらないんだ。それなのに時々、すごくさびしそうな顔してるから」
イヴを好きだからこその言葉。そこに損得勘定なんて存在しない。
「小中学校のこととか、昔の友達、お母さんお父さんのこととか。どうして、なんにも教えてくれないんだろう」
「………」
「もしかして私、本当は嫌われてるのかな」
うつむきながら、小さく声が紡がれる。
イヴも友香も、心に持つのは思いやり。でも、そのせいで二人の間にすれ違いが生じていて。
「そんなことない」
自分の口が動いた。誤解なんて嫌だから。
「イヴは、変なやつなんだ。ふざけるのが好きだし直球すぎるし。あと時々むかつくし」
「そ、そうなんだ」
「でも人の『こころ』がある。これからも、イヴを見てほしいんだ。少し時間はかかるけど、きっと今より近くなれる」
今は話せないイヴに代わって伝える。友香は、真剣な様子で話を聞いてくれていた。
「うん。だいじょぶ」
視線がまっすぐ向く。
「ありがと。さっきの話は忘れて。なんか、私の勘違いだったみたい」
「ああ」
「これからも、イヴちゃんの友達でいるね。いつか支えになれたらいいなっ」
おだやかに微笑む友香。感じたのは純粋なあたたかさ。きっとイヴにも届いている。
イヴが立ち上がる。下校道を歩く友香の後ろ姿を、窓からまっすぐ見つめていた。
「海さん」
「ん?」
「さっきの悪口は聞き捨てなりませんね」
「ごめん」
そっちかよ。でも、イヴの意識はふざけてなんかいなかった。瞳が前向きだから。
「むずかしいですよね。心と向き合うのは」
「そうだな」
「でも、だからこそ好きです。すぐに通じ合えないからこそ、生きる意味が生まれますから」
「ああ」
遠くにある友達の背中を見ながら、イヴは何を思うのか。俺には知ることはできない。
ただ、イヴの胸の奥では、レンガ暖炉のような優しい灯火が、ゆらゆらと揺れているように感じた。




