11.終わりがあるから歩いていける
「セラ君、よかったら三人で帰らないか?」
「海くん。イヴお姉ちゃんも。もしかして僕たちみんな帰宅部?」
「みたいですねえ。また部員が増えました」
昇降口で靴をはいていたセラ君に声をかける。可能なら三人で雑談をしながら帰りたい。
「そっか。あ……でもごめんね、おじいちゃんのお見舞いに行く日だから。病院、反対方向なんだ」
少し淋しい表情を浮かべるセラ君。大切な家族と離れて暮らしている現状があるから。
病院までの行きも帰りも一人きり。だけど断られた以上、無理に誘うわけにはいかなくて。
「ん、それなら仕方ないな、残念だけどあきらめ」
「なるほど。じゃあわたしたちもお見舞いについていきますねー」
「ってイヴ!?」
そこで道を固定させるのがイヴの性格だった。なぜとっさにこの考えを口にできるのか。
「イヴお姉ちゃん……でも、本当にいいの? 明日も学校があるのに」
「もちのろんです。おじいちゃんは、にぎやかなのは嫌いですか?」
「ううん、そんな」
首を横にふるセラ君。
「かわいい家族が、友達を二人も連れてきた。きっとおじいちゃんも喜ぶと思いますよ」
「うん! ありがと。少し歩くけど案内するね」
きっとセラ君は、本当はみんなで行きたかったんだろう。
「イヴはあれだな。俺が言いたかったことを口にしてくれるよな」
「いやぁそんな」
褒める。まんざらでもなさそうだった。今回はイヴに助けられた。
セラ君の先導で病院に向かう。徒歩で二十分くらいの距離にあった。大きな病院。
受付から廊下を抜けて病室に向かう。やや無機質な内装と消毒液のにおい。
「ここにいる人たちは、みんな病気なんですね」
「そういう所だしな。なにか疑問でもあるのか?」
「いえ、なんとなく」
歩きながら感想を口にするイヴ。なんか普段より控えめなような。
着いたのは個室だった。セラ君が扉を開ける。ベッドで横になるのは優しそうなおじいさん。
「おじいちゃん。元気だった? 今日は友達を連れてきたよ。紹介するね」
おじいさんは起き上がり、セラ君をあたたかく迎える。お互いを愛する気持ちが伝わった。
俺たちも自己紹介。それから雑談。のんびり流れる冬の朝のように時間は過ぎていく。
「すみません。ちょっと探検してきますね。売店も見てみたくて」
「うん。気を付けてね」
イヴが告げたのは日常的な言葉。セラ君たちは後ろ姿を見送る。
(いや、違うな)
たぶん向かうのは別の場所。二人に断りを入れて後を追った。
イヴは病院内を見回しながら歩く。売店とも病室とも違う方向に。
何度も階段を上がり、対面したのは屋上の扉。鍵がかかってて関係者しか入れないものの。
「コード一九、放電モード起動します」
ノブにふれるイヴの手から電気。かたんと音を立てて解錠された。
(開けやがった!)
なんつう能力の悪用。イヴに遅れてこっそりと屋上に侵入する。
たくさんのシーツが干されていた。冷たい風にはためく群れは、まるで白く波打つ海原の中。
「海さんには尾行の趣味があるんですねえ」
「う、気付かれてたか」
振り返らずに言うとは。隣に並んで金網越しに街を眺める。水槽にとらわれた魚の気分。
「なあ。どうしたよ」
「え」
「なんか変だぞ。いつものイヴと違ってる。難しい考え事してるだろ」
聞いてみる。俺の気のせいならそれでいいんだが、おあいにくさま、
「気付きました?」
「そりゃあな。普段から見てるからな」
さすがにそこまで鈍感じゃない。病室雑談中も、何度か複雑な表情を浮かべてたから。
「病院って、あんまりいい場所じゃないですね」
ぽつりと落ちた言葉。雲のたもとの街並みに、音は広がり溶けていく。
「怪我は治してくれるけどな。そういう意味じゃないんだろ?」
「はい。命が終わってしまう場所です。海さんも、いつかは死んでしまうんだなって」
人の『こころ』を持ってるアンドロイド。一緒に生きていると、時々はっとさせられる。
生は死と繋がれている。遠くにあると思わせておき、いつも背後で俺たちを睨んでいて。
「わたしもいずれはいなくなります。あっちの世界に行きたくないと願い続けても」
「そう……だな」
「なので、それまで」
ゆらぐ波の中で初めて、イヴとまっすぐ目が合う。黒い瞳。考え事は消えたみたいだった。
「いろんなものを見ていきたいと思いました。特に、海さんのことを」
「……そうだな。俺も、イヴのことを」
ほっとしたせいか、うまく言葉が続かない。思いのほか小声になる。
「えっなんですか? あれれ? わたしの耳が遠くなりましたかねえ」
「な、なんでもねえよ。そろそろ戻るぞ」
「さんせー」
そこをからかわれた。うやむやにすることでやり過ごす。また同じ手口で逃げてしまった。
イヴの声に呼応させるよりも、自分から伝えよう。今はだめでも、近いうちに必ず。




