10.言葉がなくても君のことは
『はろぉ海君。イヴちゃんと仲良くしてる? 他の男子に取られないようにね。女の子は気ままなんだから♪』
「いや別に狙ってなんか、って切れてるし」
携帯の終話ボタンを押す。母さんの電話は相変わらず忙しい。
でも今の俺には役立つ助言だった。母親の勘おそるべし。
「あっ終わりました? 明美さんも元気みたいでいいことです」
「だから名指しはよせ」
母さんを本名で呼ばれると妙な気分だ。
女の子は気ままか。そういえば数日前の放課後、イヴは男子生徒と遊びに出かけていた。
「あのさ、イヴ」
「はい?」
果たして結果はどうだった。詮索するわけじゃない。そう、あくまで日常雑談の流れです。
「いつだったかな。男子生徒と出かけただろ? 手紙出してきたやつだ」
「あー、彼ですね」
「……まあそうだな。楽しかったか?」
彼。彼とか。いや待て今のはあれだ形式上の呼び方。慌てるな自分。
「ぼちぼちでしょうか。おやつの食べ歩きだったので、おいしかったなーと思いました」
「ん、なるほどな。よっしゃ分かった」
色恋より食い気優先か。ちょっと安心。
「お話がうまい人だったので、なんとなく疲れちゃって。わたしはどちらかというと、会話がへたっぴな頑張り屋がいいです」
「なぜ俺を見る」
これでも最大限に脳を回転させてるんだが。
「あれだ。男は無口な方がいいんだぞ。甘い言葉に騙されちゃいかん」
「あはは、そうかもしれませんね。しょせん言葉は『こころ』とは違いますからね」
「ん、そうだな」
なんだか難しいことを口にするイヴ。
「でも本当は、言葉も好きです。誰かと繋がる方法なので。だからわたしは、なるべく思いを口に出すようにしてます」
「そっか、そういう意図があったんだな」
イヴについてまたひとつ詳しくなった。てっきり無闇に言葉を散らしていると思いきや。
たしかにそうだ。考えてるだけじゃ無意味。どんなやり方でもいいから伝えないと。
「なあイヴ。これから出かけないか? 抹茶プリンのおわびだ」
「あっいいですねえ。というかどうしてセラ君にあげたんですか。復讐かなにかですか」
「いやまあ、つい」
怒り気味なイヴは初めて見た。意外と怖い。食べ物の怨みパワーか。
というわけで出かける。近所の大きいデパート。広い食品売り場に向かう。
いろんなスイーツが並んでいる場所。ケーキにクッキーにチョコ。眺めてるだけで舌が甘い。
「わあ、いろいろありますねえ。醤油だんごにあんころ餅、ぜんざいなんかも捨てがたいです」
「おばあちゃんみたいな味覚だよな」
女の子なのに趣味がおかしい。でも、和菓子を前にはしゃぐイヴは少しだけかわいかった。
はた目からはデートに見えるんだろうか、なんて考えたりして。にやけかけた表情を元に戻して。
「これにしました」
「なんだそれ」
「抹茶ようかんです」
「しぶすぎだろ」
抹茶プリンはどうした。これも気ままというやつか。買って菓子コーナーを後にする。
多様なテナントを眺めながら出口に向かう。途中ふとイヴが足を止めた。視線の先は雑貨屋。
「どうした?」
「あ、いえちょっと」
ふらふらと店に入るイヴ。手に取ったのは、シンプルな装飾が施された白いカチューシャ。
そうかと思った。イヴに黒メイド服はよく似合う。アクセサリーが欠けていては不自然だ。
「待ってろ」
「え」
カチューシャをひったくってレジに向かう。手早く会計を終わらせた。
店の外で待っていたイヴに袋ごと手渡す。上げた目線の先には、ぽかんとした表情があった。
「……俺は口下手だからな。けど、ひとつだけ言えることがある」
別に、喜ばせたかったわけじゃない。ましてやおわびでもない。
「イヴに似合うと思ったから買った。そんだけだ」
「え、っと」
これは単なる気まぐれ。下手で唐突な贈り物。イヴは珍しく次の言葉につかえていた。
「いらなかったか?」
「いえ。まさか。びっくりしちゃって。本当に不器用なんですねえ」
「……生まれつきだ」
幾度も直そうとした。本心が伝えられず落ち込んだことは何度もあった。
「大丈夫ですよ。海さんがわたしを知ってくれるように、わたしも海さんのこと、いろいろ知っていますから」
「ん、そっか」
「わたしも、ひとつだけ言えます。これ、ありがとうございました」
でも、頭を下げてくれたイヴは、ふがいないままの俺を分かろうとしてくれていて。
イヴとは鏡合わせな所もある。社交的と無口。アンドロイドと人間。だけどいちいち気にする必要はないんだ。
(ありがとな)
心の深層では、きちんと繋がっているから。イヴがくれる温もりを、明日からも大切にしていこう。




