第八十七章
第八十七章
何年ぶりだろう。
ここに立って、眼下に広がる海の、終わりの果てを目で追うのは。
いつも、いつまでもそうしていた。彼と二人、他愛もない言葉を交わしながら飽く事もなかった。
いつまでも続くと思っていた幸せな日々…
小石に躓くように簡単に、それは終わった。
あの時から、私の旅は始まった。
あての無い、取り戻せるかも判らないものを探す旅が。
私が見つけたものは、この旅の終わりを見せてくれるのかしら。求めていた答えを指し示してくれるのかしら。本当に…本当に…
緩い風がふわりと髪を巻き上げる。
彼女は瞬きもせず、ただただ遠くへと視線を彷徨わせていた。
「…さ…ん…おじょうさ〜ん…」
高台の後ろ、下へと通じる細い小道の向こうから彼女を呼ぶ声が聞こえた。
「だれ?ツネさん?」
「へぃ。そちらにおいでで」
海に背を向け林を睨む彼女の前へ、幾らもかからぬうちに白い割烹着姿の男が現れた。
「やっぱりココでしたか。この坂ぁ、そろそろあっしにゃあキツくなってきましたな」
「ツネさん、どうしたの?そろそろ調理場も忙しいんじゃない」
「へぇ、まあそうなんですが。何やらね、捜してるんですよ、おじょうさんを」
「捜してる?誰が?」
「少し前に男が来たんで。東京から来たって言ってました。おかみさんが応対してましたが…こんなモン置いてきました」
割烹着姿の男は小さな紙片を彼女に渡した。
「やたら図体のガッチリした、ブルドックみたいな顔した奴や。探偵だとかぬかしてたが、ありゃあどう見ても悪人の面ぁだ」
何の飾りも無い白い紙に、三行だけ。
K&M探偵社
北山 謙二
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「この人…もう帰った?」
「へぇ。”暫くこっちにいる事になりそうだから、安い宿があったら紹介してくれ”なんてぬかしやがった。ウチぁ旅館ですぜ!おかみさんも御立腹でしょうに」
彼女…衣笠恵美子は黙って名刺を見ていた。
「おじょうさん、東京で何かあったんけ?あっしでよけりゃあ相談に…」
「何もないわ。教えてくれて有り難う、もう戻っていいから」
にべもなく答え、恵美子はまた海の見える方へと歩きだした。
急がなきゃ
細い指の間で、名刺がクシャクシャに握り潰されていた。
(続く)




