第七十七章
第七十七章
衣笠恵美子の変化は、今では誰の目にも明らかであった。
最近の彼女は必要以上に寡黙で、仕事の合間にもじっと思い詰めたような表情を崩さない。
「なぁエミちゃん、最近疲れてるんじゃないか?他のナース達も心配してるよ」
若い医師はカルテの整理をしながら、後ろに立つ恵美子にさりげなく話し掛けてみた。
「聞き間違いでしょう、先生の」
「間違い?何が?」
「怖がっている、のね」
「あのなぁ…」
回転椅子ごとクルリと振り向くと、彼は真正面から恵美子を見た。
顔の至る所に陰があった。眼の周囲、頬、こめかみ…
顔色もすぐれない。
ろくに寝ていない、食べていないのは医者でなくとも一目で判る顔だった。
「悩みがあるなら言ってみないか。長官に何か言われたのかい?あの娘…清水さんの様子だってすっかり良くなったし、以前なら自分の事のように喜んでいた筈じゃないか?今の君はまるで、たちの悪いものにでもとり憑かれているみたいだぜ」
「…九十九先生は…いいんです、もう。私、見つけましたから…」
「え?見つけたって…」
恵美子は黙ったまま部屋を出ていった。
彼は腕組みしたまま、深く溜息をついてドアの方を眺めるしかなかった。
九十九…長官よぉ…
お前の患者、一人増えちまったんじゃあないか
「ふぇっくしょんっ!!」
特大のくしゃみに顔をしかめる九十九に、ベッドに腰掛けた加夏子は思わず笑ってしまった。
「長官、風邪ですかぁ?」
「おおかた悪友が噂でもしてるんだろう。僕の事はいいから、テストを続けるよ」
「ハァ〜イ」
定期的に行っている心理テストを、慣れた様子で加夏子はこなし終えた。10分とかかっていない。
「ところでボーイフレンドはどうしたんだい?昨日からまだ一度も姿を見せていないじゃないか。も〜しかしてぇ〜ケンカしちゃったのかなぁ〜?」
「また帰宅中ですよ、お兄さんが久しぶりに帰国したとかで。先生、ちょっとヤラシイ」
加夏子がふくれて見せた。
暴力癖が消えた彼女は、今は主治医の九十九とも打ち解けていた。
「そう…お兄さんがね…」
テスト用紙をまとめていた九十九の手が少しだけ止まり、またせわしなく動き出す。
(続く)