第七十五章
第七十五章
いつもと変わらぬ夕暮れどき。
ベンチで一服する銀さんの隣には、珍しい人物が座っていた。
「ああいう形で私をだし抜くとは思いませんでしたよ」
九十九はずり落ちてくる丸眼鏡を押し上げながら言った。汗ばむ程の陽気に顔をしかめながらも、銀さんの方は見ようともしない。
「ケッ、よくいうぜ。おおかた遠くから俺を見張ってたんだろうよ」
「まっさかぁ〜!ボクそんなに暇人じゃあないですって」
心底驚いたような顔をしてみせた九十九は、しれっとしてその後を続けた。
「ボクが監視してたのは清水家のほうですよ」
「あの家を見張ってたのか?」
「ええ、朝までね」
「じゃあ…全部知ってて…お前は」
銀さんは絶句した。
堀川君が来るかも知れないとは思っていたんですがねと、呆気にとられている銀さんを尻目に彼は言葉を続けた。
「まさか貴方が、あんな重装備で登場するとは。あげく血相変えて朝の街を大爆走では、咎める前に笑っちゃいました。察するに久我さん、清水家の方と個人的な繋がりでもあるようですね。で、堀川君があのタイミングで一時帰宅したのも、清水家を訪ねたのも貴方の差し金でしょう」
「そこまで判ってて何で止めなかったんだ?簡単だろうが」
「気が変わったんです。お手並みを見たくなった」
「リスクは大きかったんだぞ。それでもか?」
「リスク無しで得られるものなぞ有りません」
「…」
「まぁ、次もあるでしょうし。楽しみはとっておくとしますか」
「次って…お嬢はあの通りピンピンしてるじゃないか」
銀さんが顔を曇らせた。
「…終わってませんよ。まだ」
ポン、ッポポン
二人の足下にボールが転がってきた。
「ボールとってくださーい!」
「みーちゃん、また鞠つきかい?」
「サッカーだよぉ、やだなぁ」
元気良く走り寄ってきた碧は、二人にペコリと頭を下げてボールを受け取った。
「おねえちゃんなら大丈夫だよ。そんなに先生を疑っちゃ駄目だからね!”こいつコイツ”って、もうバンバン聞こえてくるんだから」
「判ったから、あっちで遊んでな」
答えてから、銀さんはギクリとして思わず九十九の方を見た。
怖い顔が、少女の後ろ姿をジッと睨んでいる。
しまった…
(続く)