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第七十四章

第七十四章


 「事件のあと足と記憶に障害が残ったんでしたね。ご愁傷さまで」


 最後のひとことに加夏子は露骨に顔を歪めたが、柴田はお構いなしに言葉を続けた。

「先日、善意の一般市民から電話を頂いたんですよ、”あの事件の被害者に記憶が戻ったようだ”と。それで事情を伺いたいと、まぁそういう訳で」

蛙のような目で加夏子を舐め回す。

「複数の目撃者がいたが犯人像は霧の中…いや闇の中か、どいつも口を開けば黒い影、黒い影ばっかりでね。直接の被害者であるアンタが何も覚えていないんじゃお話にも何もなりゃしないってな具合なんで」

「わたしも見たのは黒い影、それもほんの一瞬でした」

きつい視線で加夏子が返した。

「そう言わずに、何でもいいから思い出してもらえませんかね?特徴とか臭いとか…」


 「あの、刑事さん」

殉が初めて口を開いた。

「ん?」

「彼女、まだ記憶が戻ったばかりなんです。多分これから少しずつ記憶も戻ってくるんじゃないかと思うんです」

「…それで」

「彼女も御両親も、犯人を捕まえて欲しい気持ちは同じです。ここは病院ですし、時間をかけて彼女の記憶が戻るのを待ってあげてくれないでしょうか」

「名前は」

「え?」

「名前は、と聞いてるんだ」

ドスの効いた声で柴田が言った。

「堀川です、堀川 殉…」

「いい事を教えてやろう。あれからもう1年以上が経った…時間はもう充分にかかってるんだよ。こうしている間にも事件は風化してるんだ!メクラふぜいが聞いた風な口きいてる今もなぁ!」

柴田は殉の胸ぐらを掴むと顔の前に引き寄せ、突き放した。

殉はよろめく身体を壁で支える。


 「ちょっと!ジュンは関係無いでしょ!!」

加夏子が車椅子から飛び出さんばかりの勢いで抗議した。

「おっといかん。癖が出ちまった」

殉に悪かったなと頭を下げ、柴田はまた後日伺いますよと言いその場を後にした。

背中に怒鳴り散らす加夏子の声を聞きながら、彼はある事を思い出していた。

容疑者候補に一人、面白い男がいたのを。


 自衛隊あがり

民間警備会社のOB

マシンのような殺傷術を身につけた男

完璧なアリバイ


 名前は確か…


 ホリカワ



 柴田は振り返り、ギラリと牙を剥いた。


(続く)

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