第七章
第七章
また風が吹いてる…
ゆっくり目を開けると、病室の白い天井にシミがあるのが見えた。
開け放った窓から、カーテンを微かに巻く風が部屋の中へと流れ込んできていた。
また何かあったんだ、わたし
初めてではなかった。
こうやって、気がつくとベットに横になっている事がしばしばあった。
深い眠りから覚めた時のように、動かない足はおろか、腕や躰まで物憂気にだるく、すぐには言うことを聞いてくれない。
息をするにもユックリやらないと咳込んでしまうのだ。
「お目覚めね、気分はどう?」
ここしばらく私を担当している年配の看護師が、食事を載せたトレイを持って入ってきた。
「大変だったわね、いっつもアナタは突然だから、みんな大騒ぎだったのよ」
何がタイヘンで、何が突然なのか、そんなコト判る訳無いじゃない。
いつもこの部屋で目覚める。
いつも誰かが言う、大変だったと。
そしていつも…
何ひとつ覚えていないのだった。
「そうそう、貴方の担当は今日から違う人になるから。後で紹介するわね」
顔はにこやかだが、どこかホッとしたような気配がにじみ出ていた。
自分が好かれていないのは知っていたが、他人のあからさまな感情は加夏子をいつも不安にさせた。それすら人には判る筈も無かったのだが。
「コンニチハ、もう起きているのね」
開いていた病室のドアから見知らぬ看護師が入ってきた。
歳は二十代半ば位であろうか、潔癖そうな光の強い目が加夏子を真正面から覗き込んできた。
「やだ、もう来ちゃったの。今あなたの話をしていた所なのに…」
「和田さん、申し送りはもう済んでいますよね。手伝って頂いたのは感謝します」
睨みつけるような視線のまま、若い看護師が深々と頭を下げる。
「あとは私が」
「おぉヤダ、年寄りをそんなに早く追い出したいのかねぇ〜」
相変わらず笑顔だが、さっきよりも露骨に不快感を見せた中年の看護師は、アト宜しくと言い捨てて部屋を出ていった。
このヒトも、同僚達から決して好かれてはいないのだと加夏子は思った。
「夏は好き?」
唐突に若い看護師が話し掛けてきた。
「私は嫌い。ついでに言っておくけど、今の貴方も嫌い。傷付いた自分を“歩けない”と思い込んでる貴方も、ね」
覗き込む目が光を増していた。
(続く)