第六十九章
第六十九章
「久我さん?どうして…」
顔を朱に染めた妻と、それを脇に抱えて部屋に入ってきた男の姿に当惑した恒彦の動きが止まった。
「説明は後で、清水さん。手を止めないで」
加夏子の足下に紗季子をそっと降ろすと、銀さんは手早く傷の状態を確かめた。
「大丈夫だ、瘤の上が切れてるから派手に血が出たが…ここを抑えて」
救急キットから取り出した止血帯で頭の半分を覆うと、紗季子の手をとって傷口の辺りに添えさせる。
虚ろな眼差しを向けた紗季子は、されるがままに頭を抑えた。
「そっちはどうですか?」
「駄目だ、呼吸が戻らん」
「これを」
AEDの箱を開きチャージャーと電極を取り出す。
「服を脱がせて…胸と脇腹に電極を貼るんです、箱の裏に絵があるからその通りにして下さい」
「わかった」
加夏子を恒彦に任せ、銀さんは殉の状態を確認した。
「こっちもバイタルが弱い。加夏子ちゃん…お嬢さんの状態と一緒だ。いや、連動しているんだろう」
「連動?」
「深く同調しているのなら、多分。あの時もそうだった」
「それじゃあ、二人は今…」
「蘇生を急ぎましょう。恐らく彼女のバイタルに彼も引きずられている。ボタンを押して」
恒彦がAEDのスイッチを入れる。
女性のアナウンスが合成音声で流れ、高電圧のチャージが始まる。
「離れて!清水さん」
恒彦が加夏子の脇から離れた。
紗季子は横になったまま眺めている。
チャージ音が高まった。
いっかいめのそせいです
ドンッ!
加夏子と殉の身体が同時に跳ね上がった。
じょうたいをみています
そのままでおまちください
穏やかだが暖かみの無い合成音声が、蘇生状態を診断中だと告げる。恒彦も紗季子も、銀さんも固唾を飲んで結果を待った。
加夏子、しっかりしろ…
カナちゃん…
帰ってこい、二人とも…
三人の願いをよそに、再びチャージ音が低く鳴り始める。
銀さんは立ち上がると、ベットに横たわった殉の上から覆いかぶさり叩きつけるように言った。
「連れてこい!引っ張りあげろ!お前なら出来る筈だ、坊や!お嬢と一緒に帰ってこいっ!!」
にかいめのそせいです
ドンッ!!
その時、跳ね上がった殉がクワッと目を見開いた。
(続く)