第六十六章
第六十六章
奇妙な風景だった。
草木は生えている。
だが動くものは無い。
虫一匹すらいない。
思慮無く作られたテーマパークのような。
砂漠に置かれた箱庭のような。
無風。乾いた空気。
コントラストばかり強い、どこか人工的な虚偽に彩られた場所…目に優しい緑が幾らあっても、豊かな印象は一つも持てなかった。
彼女はそこにいた。
殉は慎重に足を進めた。
あの時の愚だけは避けねばならない。
三度目の正直は無いだろう、たぶん…
加夏子は地べたに座り込み、抱えた両膝に顎をのせてボンヤリと遠くを眺めていた。
あと数歩で手が届く所まで来ると、殉は足を止め、彼女のうなじの辺りを見下ろした。
「来ちゃったんだね」
わずかに顔を動かし、加夏子が肩ごしに呟いた。
「うん」
「来て欲しくなかった」
「うん」
「あのまま噛み潰してしまえばよかったかもね」
「うん」
「そのつもりだった。ホントだよ。でも出来なかった…声がしたから。パパとママの声…なんか嬉しかったな」
黒髪に半分隠れた端正な顔が淋し気に微笑んだ。
「どうでもよくなっちゃったのよ。喰い殺したいほど憎かったあなたの事も、ね」
「…」
「ホント、もういいやってカンジ。ほっといてくれないかな。ワタシここにいる。ここでこうやって、バカみたいにずぅーっと死ぬまで座ってるから」
「みんな待ってるんだ、君を。どうしてそんなこと…」
「信じられないから」
加夏子がゆっくりと顔をあげた。
酷く哀しい表情で殉を見つめる。
「…悪いことなんて何もしなかった。でも本当のママは病気で死んじゃった。誰にも意地悪なんてしなかった。でも斬られた、顔も知らない男に。素敵な男の子と知り合えた。でも喋る事も歩く事も出来ない。その子は私を助けようとしてくれた。でもその子のお兄さんと、私を斬ったあの男はそっくりだった…」
「カナちゃん…」
「どうして私、こんな目に合うんだろ。たぶんこれからもずっと、こんな事が繰り返されるんだ。いつまでも、ずっとずっといつまでも」
「そんなことない」
「もういいの。明日なんて信じられない…ここで骨になるまで座ってればいいの」
そんなことないっ!!
殉が叫んだ。
(続く)