表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
65/90

第六十五章

第六十五章


 長い牙

 鋭い牙

 曲がりくねった牙

 汚れ欠けたノコギリ状の牙


 ありとあらゆる牙が殉の身体を貫いていた。

ザグザグと咀嚼音が鳴る。

殉の両足は噛み砕かれ、胴体はひと噛みごとに潰れ、気味の悪い腸をはみ出させていた。

生きながら喰われる激痛に絶叫し、両腕で滅茶苦茶に”邪悪な口”を叩き続ける殉を、”魔眼”が笑いながら見下ろしていた。


 精神世界で身体を傷付けられるのは、心を直接破壊されるのに等しい。殉が廃人と化すのは時間の問題でしかなかった。


 だ…め…だ…


 ………

 ……

 …


 爪の先程残っていた殉の意識が、微かに響く音を聴いた。


 人…おんなの…ヒト…の…こえ…


 それは少しずつ、だが確実に大きくなっていった。

”邪悪な口”の動きが、声の広がりと共に鈍くなってくる。

やがて声はデュエットのように高く低く響き始めた。

細く通った女性の声。

野太い男性の声。


 声は、名を呼んでいた。


 …

 ……

 ………ちゃ〜ん…

 …カナちゃ〜ん…

 カナちゃあああ〜んっ!!


 …

 ……

 ………こぉ〜…

 …加夏子ぉ〜…

 かなこぉぉぉ〜!!!


 ”邪悪な口”の動きが止まった。

胸から下を挽き肉にされた殉は、牙の端に引っかかった状態でダラリと垂れ下がっていた。


 生暖かい液体が顔を打ち、僅かに残った意識が戻る。

ひどくしょっぱい。気力を振り絞り重い瞼を持ち上げた。


 ”魔眼”が、泣いていた。


 巨大な眼球に、涙があとからあとから溢れ出しこぼれ落ちてくる。

どしゃ降りの雨に打たれるように濡れそぼちながら、殉は”魔眼”に向け両手を差し上げた。

痛みは消えている。

暖かい…


 ”邪悪な口”が消え去り、虚空に横たわった殉は元の姿に戻っていたが、彼はそれすら気付いていなかった。

奇妙な至福感に包まれ、ほんのりと笑みを浮かべながら、それに手を差し伸べる。


 ”魔眼”は、いつしか小さな光の点へと変わっていた。

小刻みに振動しながら、右へ左へ宙を漂っている。夏の夜の蛍のように、はかなくフラフラと飛び回る光。


 「扉」だった。


 戯れるように光を追い、殉が両の掌にそれを包み込むと、暗黒の風景に変化が生じた。


 自分が遂に辿り着いた事を、彼は知った。


(続く)

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ