表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
64/90

第六十四章

第六十四章


 薄暗く笑いを浮かべている加夏子を見た紗季子は、階下へ向いかけた足を止めた。

「どうした?!早く病院へ電話を!!」

「だめよ…あなた…だってこれじゃ…」

棒のように立ちつくしながら、紗季子は加夏子が目覚めたあの日の事を思い出していた。


 アイツ、ヤッツケタ…


 焦点の定まらない目で虚空を睨みながら、加夏子は今と同じ笑みを浮かべ、そう一言呟いたのだ。


 あの時と同じだ。

ここで止めたら、加夏子は今までと何も変わらない。何一つよくなんかなりはしない。

躊躇いがちにベットの方へ向きを変えると、紗季子は跳ね回る殉と恒彦の身体の上に覆い被さった。

夢中で夫のシャツの端を掴んでしがみつく。

「何やってんだバカ!いいから電話しろ!」

「駄目なの!彼じゃなきゃ駄目なのよ!ここで駄目ならこの先いつまで経ってもカナはダメなままなの!!今しかないのよぉー!!」

親子亀のロデオよろしく上下左右に揺さぶられながら、それでも紗季子は恒彦の背から落ちなかった。


 カナちゃーん!

 カナちゃーん!!

 カナちゃぁぁぁーん!!!


 愛娘の名を必死になって連呼する。

殉を抑えつける手を離すに離せず、紗季子を背中から降ろす事も出来ない恒彦も、いつしか彼女と一緒に娘の名を叫んでいた。


 加夏子ー!

 かなこぉぉぉ〜!!


 …少しずつ、少しずつ殉の動きが収まってくる。

やがて静かになった。

「どうにか…収まったようだ、な」

「えぇ…」

肩で息をしながら、恒彦は紗季子を背から降ろした。

グチャグチャに乱れた髪をうなじに押さえつけ、紗季子は殉を見下ろした。


 彼の顔からは苦悶の表情が消え、口元には微かに笑みさえ浮かんでいた。

すぅっと両手が持ち上がり、宙に向かって差し出される。

加夏子の方へ向き直ると、今度は逆に彼女の額に深い皺が走っていた。

イヤイヤをするように首を左右に振る。

「なにが…起こっているのかしら」

「私も知りたいよ…」


 何か飲み物を持ってきましょうと言い、紗季子は一階へ降りるとバッグから携帯電話を取り出し、病院の番号をプッシュした。

「もしもし、夜分にすみません…その、娘の事で至急、連絡をとりたい人がいるんです。えぇ…お願いします」


 名前を告げると、紗季子は電話を切った。


(続く)

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ