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第六章

  第六章


 リハビリは日課だったが、周囲の熱意とは無関係な世界に彼女は居た。


 両脇から支えるトレーナー、動かない足を両手で引きずり前へ… 前へ…

 3m程の練習路を行っては戻りを繰り返す、単調でつまらない時間。


 アンヨがじょうず…アンヨがじょ〜ず…


 不思議だ

 歩けないのに

 歩かないのに

 どうしてこんな事するんだろ

 どうしてみんな、こんなに熱心なんだろ

 赤ん坊じゃないんだよ私


 車椅子は不便だけど、今はなんとも思わない。

 静かな場所と詩と、いっぱいの緑と、少しのお陽さまがあれば私は幸せ。

 ジュンもいるし。

 今でも充分、贅沢過ぎてばちがあたっちゃう。


 私は幸せ

 ワタシハシアワセ

 ワタシハ…ワタシ…ハ…



 私はどうしてここにいるの!?



 世界が凍りついた。

 躰も心も、呼吸さえ止まった。

 真っ暗な視界の中で光る刃。

 笑う男が心臓を握り潰す。


 いや…イヤだ…やだよ…



 イヤアァァァァァァァァァーッ!!!!



 突然、棒のように倒れた彼女をトレーナーが抱え起こした。

 「いかんっ! 発作だ、先生を呼べ!」

 「はっ、ハイ!」

 「クッション持ってこい! 頚の下に…気道を確保するんだ」

 「銀さん、呼吸が止まってます」

 「緊急蘇生だ、人工呼吸始めろ!」

 「はい、人工呼吸始めます!」

 若いトレーナーが呼気を吹き込む脇で、銀さんと呼ばれた中年のトレーナーが心臓マッサージを開始した。

 「一、二、三… バイタルサインは?」

 「ありません」

 その時、騒ぎを聞き付けた看護師が一人、リハビリルームに飛込んできた。

 「銀さんっ!」

 「エミちゃんか。まただ、AED(簡易除細動器)を持ってきてくれ、早く!」

 「わかった!」

 全自動化され、医師以外の者でも扱いが容易かつ認められているAEDは、大病院や空港などの大施設には至る所に設置されており、医師や救命士の到着を待てないような一刻を争う緊急事態に備えてあった。


 オレンジ色のケースを持って恵美子が戻ってきた。

 「自発呼吸は?」

 「駄目だ、やろう」

 「ハイ」

 着衣の前をはだけ、恵美子が胸と脇腹に電極を張り付ける。

 「いきます、離れて!」

 トレーナーの二人は、加夏子から離れると同時に両手を上に挙げた。

 「接触なし」

 「スイッチいれます!」

 低いチャージ音が響き始める。


 逝くな、嬢ちゃん。

 ボソリと銀さんが呟いた。


  (続く)

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