第五十九章
第五十九章
怖かったんだね。
君の心の中は棘だらけの森みたいだったよ。ギザギザで、ひどく暗かった…
下から胸ぐらを固く握り締めたままの加夏子の肩をそっと両手で抱くと、殉は落ち着いた口調で語り始めた。
「…辿り着いたのは、大きさも判らない広い場所だった。多分、カナちゃんの心の一番奥深い所だったんだろう。そこで傷だらけの君を見つけた…初めて見たよ、カナちゃんの顔。前から想像してたんだ、どんなコなんだろうかって…」
殉が軽く微笑んでみせた。
加夏子が顔をあげ殉を見上げた。
「君はボロボロの姿で、必死に助けを求めていた。君をそんなにした奴もそこに居た。恐怖の形…それは刀を手にした男の姿をしていた。そして…」
殉が言い澱む。
そいつは、僕の兄さんそっくりだったんだ
加夏子の目が張り裂けんばかりに見開かれた。
「そんな…だって、あなた目が…」
「見れるんだ、誰かの目に映ったものを。その人の心に映った映像を。兄さんは鏡に映った自分を僕に見せてくれた事があった。アイツの姿は、その時の兄さんによく似ていたんだ。それで僕は動揺した」
「ジュンのお兄さんが、私を…」
「そうじゃない!そうじゃないんだ、ただ似ていたというだけなんだよ。でも僕は動揺し混乱した。他人の心に入り込める程深くシンクロした状態でそんな風になれば、必ず相手にこちらの心理状態が影響を与えてしまう。僕が一瞬でもアイツを兄さんだと思ってしまったことで、カナちゃん、君は僕とアイツが一緒の存在か、よくて仲間だと思い込んでしまったんだよ」
殉は必死に訴えた。
「信じて欲しい、カナちゃん。アイツは僕の兄さんなんかじゃない!アイツと僕は何も関係がないんだ。アイツはもう何処にもいない、もう怖がらなくていいんだ!他人を疑わなくてもいいんだ!!」
「…無理よ…」
「カナちゃん!」
「どうしろっていうの!?アタシに。自分でも抑えようがないのよ!頭でいくら思っても駄目なの!躯の奥の奥から、般若みたいなアタシがいつでも顔を覗かせてる、アタシには止められない!!」
「方法はある。僕を…もう一度カナちゃんの中に潜らせて欲しい」
信じてくれるなら…
殉の手に力が込められた。
(続く)