第五十七章
第五十七章
「みーちゃんに会ったの。パパやママが迎えにきてくれるのを待ってた時…」
殉は部屋に入ったときのまま、戸口の脇に立ち長い沈黙が終わるその時を待っていた。
「ワタシ判った気がした。あの子も殉と同じなんだって。都合良すぎるよね」
「都合がいい?」
「だってそうじゃない。口もきけずふさぎ込んでたワタシの前に現れたのがあなた、嫌われ者の暴力女になったワタシに怖がらず近づいてきたのがあの子…出来すぎてるわ。安っぽい小説みたい」
「君はみーちゃんも、僕みたいにいやらしい奴だと思うのかい? 他人の心に土足で踏み込む覗き屋だと」
加夏子が小さく首を振る。
「不思議だった。何であの子といると穏やかな気分になるのか判らなかった。ワタシひとりっ子だから知らなかったけど、妹がいるってこういう事なのかなって、そんな気分だった。自分の外側にいて、当たり前のようにワタシを受け入れてくれる存在。親とも友達とも、恋人とも違う… 兄弟とか姉妹って、きっとこんなものなんでしょうね」
「僕にも兄さんがいる」
「そう」
感心無さげに、加夏子は殉の言葉を流してみせた。
「あの子にも力があるなら、ワタシをそんな気分にさせるのなんて簡単だったでしょうね。あなたもそうだった。ワタシにいろんな夢を見させてくれた。でも全部嘘、見せかけの飾り物でしかなかった」
「それは違う!」
「どう違うってゆうのよ!!」
思わず前に踏み出した殉を、クルリと車椅子を回した加夏子が真正面から睨んだ。
「知らないって事が…知らなかったって事が、どれだけみじめで怖くて情け無くて、それから腹立たしい事か、あなたに判る?! 目が覚めてからずっとよ、顔を見れば誰もかれも隠し事をしてる、口ではいい事ばかり言って、目の奥に違う光がある。ワタシが睨むとみんな目線を外す、口ごもる! 嘘つきだらけだった!!」
加夏子の表情が、またあの狂気の老婆に変わろうとしていた。
「だまそうったってそうはいくか! ワタシは…アタシはもう誰にも騙されない! ダレにも傷なんかつけさせない! アタシは、アタシは!!!…」
加夏子の右手が机の鏡を掴むと、高々と振り上げた。
(続く)