第五十三章
第五十三章
いきなりでビックリしたわよ。
あなたのお父さんから、二日だけ家に戻したいと申し出があって、今のあなたなら大丈夫だろうと九十九先生も外出を許可してくれたの。
ただし、家族以外の人とは接触を持っては駄目よ。
エントランスで一人、迎えの車を待ちながら加夏子は恵美子の話をボンヤリと思い返していた。
家族以外の人、ね
誰もかれも同じようなものなのに
ありきたりで薄っぺらな言葉に、少し前なら不快感が必ず大爆発していたであろう自分が、こんな所でのんびりとそれを思い出しているのが不思議であった。
過激な情動が影を潜めた分、色々な事がどうでもよくなっていた。
医者も家族も、勝手にやりたいようにやっているだけだ、そこに自分は居ない。
それが彼女の目に映る周囲の景色であったのだ。
「おね〜えちゃん!」
トンッと車椅子の背を叩いたのは碧だった。
「こら、脅かそうなんて10年早いわよ」
「なーんだ、つまんなーい」
紺色のシャツに白いダウンのベストを着た碧が、後ろでニコニコ笑っていた。
自然と笑みが沸いてくる。
不思議なコ… 初めて会った時から、スルリと私の心の中に入り込んできた。でもそれが全然、不快じゃない。
むしろ暖かく懐かしいような感じがして、このコといると笑顔になってしまう。
「おねえちゃん、退院しちゃうの?」
「ウウン、そうじゃないのよ。パパがね、ちょっとだけおうちに帰ってきてって言ってるの。それでね」
「じゃあ、また戻ってくるんだ」
「そう、すぐに」
「じゃあ帰ってきたら、ウチと折り紙しようよっ! ウチ、カエルが折れるようになったんだよ」
「すごいじゃない、じゃ、約束ね」
左の小指を差し上げた加夏子は、慌てて右手に変えた。
碧の短い髪が、シャツの左袖と一緒に風になびいていた。
エントランスを白いクラウンがこちらに向かってくるのが見えた時、強烈な既視感が加夏子を襲った。
どこかで、似たような光景を見た事があると、加夏子は碧の存在すら忘れてその時の事を思いだそうとしていた。
駄目、思い出せない…
「それ、殉にいちゃんの事だよ」
小さな右手を加夏子の肩に添えた碧が言った。
「みーちゃん…あなた…」
加夏子は穴があく程、碧の顔を見つめていた。
(続く)