第五十一章
第五十一章
彼女はね、どうしても堀川君の力が必要なんですよ。彼の能力の秘密を解き明かし、自分が利用する。それが駄目なら彼自身を実験台にする事もいとわない理由があるんです。。
レンズの無い眼鏡の奥で、眼光が徐々に強くなる。
「そういえばさっき『あのひと』とか言ってたよな。それが何か関係あるのか?」
俯いてしまった恵美子を銀さんが問い詰めた。
「なぁエミちゃん、何か他人に言えないような事情でもあるのか? 水臭いじゃねぇか、言ってくれよ!」
僕から言いましょうか
別に秘密にする事でもないでしょうと、九十九が口を開こうとした時、恵美子が顔を上げキッパリとした口調で言った。
先生は黙っていて下さい。
これは私の問題ですから。
「…婚約していたんです、私達。今から四年程前の事でした…」
一言々々、噛み締めるようにしながら恵美子は銀さんに向かって話し出した。
「彼は古い和菓子屋さんの二代目、私はそこを贔屓にしていた旅館の女将の次女。家同士も仲がよくて、私達は当然のように結婚するものだと思ってた… 彼に症状が現れたあの時までは…」
「症状? エミちゃんの彼氏が病気だったって話なのか」
「酷かった… あれ程急に症状が進むのはとても稀だと言われて、でもそんな言葉は何の慰めにもならなかった。一年も経たない内に、彼の記憶の大半は失われてしまったの」
「おい、そりゃあ…」
「激症性若年アルツハイマー、めったに起こらない病気ですよ。私も実例にお目にかかった事はありません」
九十九が脇から補足した。
「母は、跡を継ぐまでの社会勉強だと言って私が看護学校に進むのを認めてくれてた。私も最初は安っぽいヒューマニズムから看護師を志していた。でもあの時私は誓ったの。治療法を探す…一生かけても私が彼を治す! 治してみせるって!!」
言葉を吐き出した恵美子の顔は激情で歪んでいた。
「あのひとを治す為なら何だってする! 悪魔がいるなら取引したっていい! 私は…私には、それが全てなの! それしかないのよ!! だから…」
「だから九十九先生の言いなりになったって事か」
フゥ〜と銀さんが息をついた。
西日は夕日に変わりつつあった。
(続く)