第五章
第五章
出会ってから2週間が過ぎた。
殉は、今では私の毎日に欠かせない存在になっていた。
彼には私の“声”が聴こえた。
とても不思議なことなのだけど、最初は戸惑っていた私も、今では、何もしなくても意思の疎通が出来る彼を誰よりも信頼している。
そして今日もまた…
「ヤァ」
いっつも最初の一言は“ヤァ”から始まる。
お気楽なんだか親しみ易いんだか。
「カナちゃん、今日は外へ出ないの? 燕の子供達が随分と大きくなったよ、一緒に観にいかないかい?」
まるで小さな子供を誘うような言い方。
これでも高校三年生よ、そりゃあ躰だって胸だって、標準よりホンの少し小さいかも知れないけどさ。
耳元に顔を寄せてくると、殉が囁くような声で言った。
「ムネは関係無いと思うけどなぁ」
「(バカッ! そんな事まで聴かなくてイイのっ!!)」
「聴こえちゃうんだからしょうがないだろ、聴かれたくなかったら頭で想わないでよ」
照れ隠しなのか、珍しくジュンがふくれっ面で言い返した。
「(仕方無いじゃん、殉には私の考えてる事は全部お見通しなんだから)」
「そりゃそうだけど…」
ますます膨れ上がる顔を観るのが愉しくて、もう少しダダをこねてみる事にした加夏子は片方のホイールを押して彼に背を向けた。
「ゴメン… 怒った?」
「(知らない)」
………
「僕は…いつも嫌われてた。この力のせいで」
「(えっ?)」
彼の口調が急に重苦しいものに変わり、今度は加夏子の方がドギマギしてしまう。
暗く沈んだ声は、いつも明るく話し掛けてくれる殉からは想像出来ないものだった。
「親からも親戚からもバケモノ扱いされていたんだ。サトリっていう妖怪なんだそうだよ。そうやって指差され、怖がられ、みんなから放り出された僕を面倒見てくれたのは兄さんだけだった」
思いがけない話に、加夏子は返す言葉が見つからなかった。
声とは裏腹の乾いた横顔が、逆に深刻な内面の懊悩を表しているようで痛ましく見えた。
「(お兄さんは、いまどこにいるの?)」
「判らない。でもきっと帰ってくる… きっと」
彼が呟いた。
彼女が運命の皮肉に気付くまでは、まだまだ時間が必要であった。
(続く)